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◇ 建築中の現場の中を覗いてみたいという衝動

私が高校3年のときの話です。
学校の近くに家を建築中の2階建ての現場がありました。
私はどういう訳か、
一度、建築中の現場の中を覗いてみたいという衝動に駆られたのです。

▼ 現場潜入

ある日の放課後、
トントンと音のする現場近くに来ましたが、躊躇してうろうろしていました。

「オイ、こら、そこで何をしてる!危ないぞ」
大工ねじり鉢巻をした、いかつい角刈りのおじさんに怒鳴られ、その場から逃げ出したい気持ちになりながらも、
「あのう……、  おじさん……、  中を見てもいいですか?」
恐らく蚊の泣くような声だったに違いありません。
「中を見てどうするんだ。学校の宿題か?」
「いえ、そうじゃないんですけど、とにかく見て見たいだけなんです」

おじさんは怖い顔をしてジロッとこちらを見て言いました。
「気をつけて見るんだぞ。分かったな!」
「…… はぃ」

私は恐る恐る中に入りました。おじいさんは忙しそうに木を切ったり、かなづちで釘を打ったりしていました。
雑然とした中で、私はただ意味も分からず、目ばかりがきょろきょろしたのを覚えています。

へーー、今まで全く気にも留めていなかったけど、家ってこんな風になってるんだ。と、一人で感心したり驚いたものです。

しばらくして、いかつい角刈りのおじさんが2階から降りてきて、
「何を勉強してるんだ。」
とねじり鉢巻を解いて、汗を拭き拭き話しかけてきました。
「いえ、勉強ではないんです。ただ見たかっただけです」
このおじさんに今の自分の気持ちを話したところで、どうなるものでもないと思ったのです。
「へーー、学生にしては変な興味があるんだな」
大工と学生おじさんがニヤニヤしながら、しげしげとこちらを見ながら言いました。
「大工にでもなるつもりか?」
ははーこのおじさん大工さんなんだ。
「いえ、そうじゃありません」
「そっか」
おじさんはニヤニヤしながら、お茶を飲み始めました。

「ま、おまえもお茶でも飲め!」
お茶と、つっけんどんにお茶を勧めてくれた。
「あのう、おじさんのしてる仕事って楽しいですか」
私は恐る恐る聞いてみました。
茶碗を口に当てながら、チラッとこちらを向いたおじさんは、
「馬鹿言え、楽しくない仕事なんかするかよ。おまえは勉強楽しいか?」
「はい、嫌いではありません」
「そっか、それならよろしい。   …… いいか」
と、おじさんは諭すような目つきで淡々と話し始めました。

実は、このおじさんの話がなければ、今日の私はおそらく無かっただろうと思います。

▼ 神の化身!?

おじさんの話は概ね次のようなものでした。
「おじさんは大工だ。学歴もない。だが、誰にも負けない大工としての腕がある」
おじさんは誇らしげに語る。
「今建ってるこの場所は、一月前までは何だったか知ってるか?」
「はい、空き地になっていて、いつも車が2・3台駐車していたように思います」
「じゃ10年前のこの辺りはどうだったか知ってるか?」
このおじさんは何を言おうとしてるんだろうと思いながら、10年前は7~8歳だから知る由がないというより記憶になかった。
「いえ、知りません」
「あはは、無理もないよな。小さかったからな」
おじさんは笑いながら話を続けた。
「あのな、この辺一帯はほとんどが畑だった。だが今はこうして家が立ち並ぶようになった」
おじさんは懐かしそうな顔で淡々と語る。

街並「おじさんたちが1棟1棟手づくりで丹念に家を造ってきた。
その家に家族が入り生活が始まる。孫たちが遊びに来て賑やかになる。夕飯時になると料理の匂いがぷ~んと辺りに漂う。
家を造るって事は、そういう舞台装置を作ってるのと同じことなんだよな。
新居に引っ越してくるときのお客さんの喜びが感動になり、おじさんに向かって何度も何度もお辞儀をして、ありがとうと言ってくれる」

おじさんは不意にこちらを向き、
「おじさんはな、そんな時、この仕事を続けてきて良かったといつも思うんだよな」
いかつい顔が、いつしか優しい顔になっていた。
「おまえもこれから社会人になるんだろ?それとも大学に行ってからかな?いずれにしても世間は厳しいからなあ。だがどんな厳しい世の中になっても、腕に職を持っていればどうって事はない。飯は食える。だから、どうせ仕事をするんなら、人様に誇れる一生涯の仕事を持つことだよな」
私はじっとおじさんお顔を見つめながら聞き入った。
「学歴のないおじさんだって、こうして世間様に喜ばれる仕事をしているんだ。学歴だけで飯が食えると思ったら大間違いだ。腕に職を持ち、楽しく仕事できればそれが一番だ」

ここまで話を聞いていて、私は、このおじさんは凄いなあと思った。
大工・人に喜ばれる仕事
・人に感動される仕事
・腕に職を持つ
・楽しくできる仕事
・一生涯をかける仕事

私は、この大工さんが語ってくれた言葉を復習してみた。
なるほど、そうかもしれない。いや、そうだ。

今から思いますと、もしかしたら、この大工さんは神の化身で、私の進路を決めてくれたのかの知れない。
そんな思いをしています。