作家 川北町二 魅惑の世界

◇ まえがき

人間、一生の間にはいろいろな出来事に遭遇いたします。その為に、思わぬこととなり、場合によっては命をも失ってしまうことすらあります。これは正に運命とか宿命としか言いようのない悲しい出来事ですが、他方では、天にも昇るような幸せを味わうなどの喜ばしい出来事もあります。

◇ 第1話 レストハウス

最近のことですが、私は、静かな音楽の心地よい、とあるレストハウスで、時の流れに身をゆだねて過ごすことがあります。  このレストハウスの周囲には人家はちらほら点在していますが、ほとんど田畑に囲まれた一軒家という感じのお店です。

◇ 第2話 美への衝動

その日は、朝から雲の多い日でした。窓から見えるはるか遠くには、濃い灰色の雲の下に白みがかった薄緑の山が横たわっていました。客はランチタイムの過ぎた時間帯にしては結構な賑わいです。  しばらくして、女店員のしなやかに伸びた白い手が、注文していた珈琲を楕円の形をしたアンティークなテーブルに置きました。テーブルの色彩と洒落た器の中で、出窓からの明かりを帯び揺れている液体の色が、わずかに立つ湯けむりの中で、私に微笑みかけているように見えました。

◇ 第3話 山の女神

そんなある日のことです。  いつものように私は、窓側の席に座り、いつもの珈琲を注文し、ぼんやりと窓の外を眺めていました。  この日は、朝からの真っ青な空に小さな白い雲がぽっかり浮かんでいました。遠いその雲の下に、いつものように、見慣れている山の姿が窓から見えました。その山を見る私の目は、焦点がぼけ、意識のはるか彼方にありました。

◇ 第4話 私の指定席

こんなことがありました。  「山の女神」に向かって乾杯の仕草をしていた時のことです。ふとなにげなく、カウンター内の、いつもの女店員のほうを振り向きました。すると、多分偶然なのですが、私の目の延長線上で彼女の目線と正面衝突したのです。彼女はいつものにこやかな顔でこちらに会釈し、右手でカップを目の辺りまで持って、乾杯の仕草をしてくれたのです。私はうれしくなって、左側の出窓に向かっていた珈琲カップを、斜め右側の彼女のほうに向きを変え、高々と持ち上げました。

◇ 第5話 夢遊

想像を超えた現象が私の目に飛び込んできたのです。仰向けに寝ていたはずの、かの女性が、むっくりと起き上がり、私の方に顔を向け、そして手招きするではありませんか。こともあろうに、「山の女神」が私に向かって手招きしたのです。いや、少なくとも私には、そのように見えたのです。

◇ 第6話 パニック

私は、携帯電話の音で目が覚めました。ソファーに深く身を沈めたまま眠っていたようです。半分うつらな感覚でしたが、ポケットから携帯を取り出しました。携帯の小さな窓からしきりに青白い光が点滅していました。他の客の迷惑になってはいけない。私は無意識に店のドア方向に歩きドアを押し開きました。頭上で鈴の音が激しく鳴りました。駐車場の砂利がザクッザクッと4、5回音を立てました。そして、背の方向で、カチッというドアの閉まるかすかな音を聞きました。

◇ 第7話 人生の価値観

次の瞬間、電流のようなものが私の身体を激しく揺さぶりました。 「・・・・・・・・・・・ あっ!」  私は小さく叫び、とっさに視線をはるか彼方に移しました。しかしそこには、いつもと同じ山が横たわっているだけでした。

◇ 第8話 決心

私はその女性に、自分の全てを預ける決心をしました。預ける、はっきりとした理由は見当たりません。ただ、ただ……、あれ以来毎日のように何かが私に囁くのです。私の心の奥底から激しい叫びが聞こえるのです。私の全身を縦横無尽に駆け巡る、凄まじいばかりの異様な何かが、感覚となって自分に溶け込んでいく様を、はっきりと意識が捉えて離さないのです。
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