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◇ 第2話 美への衝動

 その日は、朝から雲の多い日でした。窓から見えるはるか遠くには、濃い灰色の雲の下に白みがかった薄緑の山が横たわっていました。客はランチタイムの過ぎた時間帯にしては結構な賑わいです。
 しばらくして、女店員のしなやかに伸びた白い手が、注文していた珈琲を楕円の形をしたアンティークなテーブルに置きました。テーブルの色彩と洒落た器の中で、出窓からの明かりを帯び揺れている液体の色が、わずかに立つ湯けむりの中で、私に微笑みかけているように見えました。
 女店員が珈琲カップをテーブルの上に置くのに合わせて、私の目の焦点が、彼女の手の指先から這うようにして、次第に上のほうに移動していきました。そのときに限ってどういうわけか、理性という制御装置がオフ状態のようでした。ですから、言い訳がましく白状しますと、視線が自分勝手に動いたのであります。
 目の焦点は、程よい胸のふくらみを通り過ぎ、そして、さほど化粧しているとは思われない女店員の瞳と出会いました。さわやかで笑顔の美しい顔の、均整の取れた二つのつぶらな瞳は、私に一種の清涼感を与えます。多分年齢は25、6歳と思われますが、肢体からあふれ出る春爛漫の瞬間瞬間を我が物にしている様は、まことにうらやましい限りです。私の目線を、彼女がどのように感じたかは定かではありません。ですが、少なくとも、爽やかな笑顔を携えた柔和な瞳を返してくれましたので、制御装置はたまにはオフにするのもいいものだと、自分勝手に思ったほどです。とはいえ、最近では滅多なことでは味わえない美への衝動と、しばしの幸せを感じられたことに感謝しなければなりませんね。

 私がこのレストハウスを気に入っているもう一つの理由が彼女の存在です。いや、はっきりと意識しているわけではないのですが、多分私がここに足を運ぶ理由の一つになっているのは間違いありません。
 それほどまでに、珈琲の価値を高めている彼女は、心のいでたちまでは分かりませんが、その仕草や語らいからして、少なくとも男性がホッとする女性の本物の美を全身に携えているように思えます。

 カウンターの奥隣りに、さほど広くもない厨房があります。ランチタイムになりますと、中年の店長夫婦が料理などを作るために、忙しく動き回っているようですが、表に出てくることは滅多にありませんでした。たまに女店員の名を呼ぶ声がかすかに聞こえたりします。
 女店員は、たった一人で客から注文を取り、珈琲や料理を運びレジをこなします。私の見た限りでは、笑顔を満面にしてふりまきながら、結構忙しく店内を動いています。彼女の動線の周辺だけにスポットライトが照らされたようなふうに見えるのは、もちろん気のせいなのでしょうが、なんとも絵になる様をしています。
 彼女と特別な会話をするでもなく、好きなジャズの音を聞きながら、静かに珈琲をいただく、そして時が流れていく。ただそれだけのことです。

第2話 美への衝動
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