大会社の中枢部への挑戦を決意した、一社員のとった行動が意外な展開を生む
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◇ 第四章 新潮流

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□ 第四章 新潮流 □

 津山は昨日、東条物産の坂田と会食した事を部長に連絡した。

 提案書の作成は余念がなかった、忙しい仕事の合間を縫って精力的にパソコンに打ち込んでいった。

 提案書の中身は、東条物産(株)との営業上の交渉履歴を羅列するようなものである。
 津山は営業一課から提出された、東条物産(株)関連の営業資料と同行営業した内容とを寸分漏らさず照らし合わせながら、随所に自分の所見を挿入して仕上げていった。
 特に物流システムの下りは、津山の知り得ている事はほんの一部に過ぎないと思いながらも、間違いや欠落部分が無いように、言葉を選んで慎重に記述していった。

 添付書類とする別文書には以下のように記述した。

 以下の記述は『私、津山が会社にこうして欲しいと思っている事』を述べております。
 恐れ多くも、この度、私にこのようなことをご指示いただいた部長に、深く感謝申し上げます。ありがとうございます。
 所詮、浅学非才の私の思いを書き綴る訳ですので、一笑に付され、この書類がゴミ箱に放り投げられることは、もとより覚悟の上でございます。特に物流システムに関する文言は、既に社内で十分に吟味されているでしょうから、今更という感じは拭えません。その件について、現時点で私の知り得ている事は、ほんの一部に過ぎませんが、一応私の考えを述べています。適当にお考え下さい。

 以下の記述が、津山が会社にこうして欲しいと思ってる事の全文でございます。
 尚、この記述は、あくまで津山個人の私見でございます。ですので、当然的はずれな記述もあろうかと思いますが、会社の将来がより良くなればという強い思い、ただそれだけの気持ちで書き綴っております。真意をお酌み取りいただき、若造の心を寛大なお気持ちで包んでいただければ、この上ない喜びでございます。

一、愛羅物流ウルトラシステム(仮称)について

  • 愛羅物流ウルトラシステム【AILUS(プログラム名:アイラス)】の開発目的は、業界の物流改革を目的とした全国の卸問屋等の取り込みを図ることで、我が社の業績の飛躍的アップを実現し、その上で、業界の永続的なリーディングカンパニーとしての地位を築く事にあります。
  • 既に秘密裏に行われているとは推察しますが、現在取引のある既存の問屋に、このシステムに賛同し、端末機能として共有して貰うよう強く推進する。これは、AILUSの正式発表までに大方完了しておく必要があります。
  • どんなに素晴らしいアイディアやシステムでも、運用面での過ちがあると、実利にはほど遠い結果になること必定です。従って、これまで述べてきた事を確実に実現するには、その為の社内教育を徹底的に行い、全社の全ての部門の一人一人が、良い意味で経営者になったつもりで、全知全能を傾けて奮励努力する必要があります。
  • これは老婆心であって欲しいのですが、最近、ネットワーク上のトラブルが後を絶たない現実があります。
     システム障害は社会的に大きな問題となり、損失となりますし、システム上の脆弱性がありますと、ハッカーの格好の餌食になります。
     社内のみで運用するシステムの場合、さほど心配は無いと思いますが、社外企業との連携・共有する形で運用されるシステムの場合、システムの実際の稼働・運用後にその様な事態になりますと、業界に対する信用失落を招くのは必定です。我が社にとって大きなイメージダウンとなります。
     どんなプログラムシステムでも、安定稼働が生命線だということを肝に命じておく必要があると思考致します。
  • システムの稼働レベル(深さ)がどうなっているか、私は理解しておりません。
     ちなみに、ざっくりと、メーカー (株)愛羅スタイル 建材問屋 一般建材店・ホームセンター ホームビルダー・工務店の流れの場合、AILUSがどの深さまで対応できるのかが興味のあるところです。

二、東条物産(株)について

  • 現在、我が社と取引のない東条物産(株)は、独自の物流システムの構築を役員会で既に決定しています。(後輩坂田との会食時に確認済:後述)しかしながら、開発資金の関係で運用を断念若しくは延期の兆候があります。そこで、早い段階で東条物産(株)にAILUSの共有運用を秘密裏に持ちかけ、AILUSを利用すれば、どんな利点があるのか、どれだけの省力化に寄与するのか、それにより東条物産(株)にもたらす利益がどの程度見込めるのかなど、システム導入の魅力を徹底的にPRします。そして、我が社の新規の取引先として配下に取り込めるよう交渉を重ねます。
     坂田とのやりとりの感触から判断しますと、東条物産(株)の交渉は、余程の失態が無い限り、必ずや成功すると確信しております。出来れば、これも同様にAILUSの正式発表までに契約完了しておく必要があります。
     その理由は、発表と同時に。問屋業界の三本柱の一角を担う東条物産(株)が我が社のシステム運用の共有に参加していることが発表されれば、他の同業者に与える影響は計り知れないと推察されるからです。場合によっては、問い合わせが殺到する事も十分考えられます。このことは我が社にとって、絶対的な有利性をもたらし、業績向上に大きく寄与するものと思考します。

    ※後輩の坂田が事務職の立場でどうやってその事を知り得たのかについてですが、彼が東条物産(株)の現社長の一人娘と結婚し、娘婿として養子になる話が現在進行中です。近々実現する運びだそうです。すなわち、後輩の坂田は東条物産(株)の次期社長に就任する事がほぼ確定と言って良いと判断します。従って、当然経営上の重要事項は、坂田にも伝達されていたと思考します。提案書にも記載いたしましたが、とても重要な裏情報ですので、会社独自に調査するのも必要かもしれません。

 AILUSに関する記述と東条物産(株)に関する記述は以上です。

三、今後の愛田通称(株)のあり方について

  • 時代は急速に変化しています。特に最近のIT関連のネットワークやAI・ChatGPT技術の急速な台頭は、社会そのものの仕組みの変貌が予感されます。
     その様な状況の中、中・長期的視点に立った時の、我が社が生き残っていく為の、会社の有り様が問われているのではと、余計な心配をしているところです。
  • 定期的に主だった若い同僚(入社十年前後)が集まって、営業力の強化を目的にした議論をしています。営業力の強化の意見の他にも、いろいろと仕事上や、会社の有り様についての率直な議論も戦わせています。その中から会社の有り様、今後会社はこうあって欲しい、社内体制をこうして欲しいなどの意見を集約しますと、ざっと以下のような意見が多く出されています。私の意見とほぼ同じですので参考までに記述しておきます。
    • 旧態依然とした社内慣例の排除若しくは改変(案)
      1. 年功序列を廃止して能力主義に改変
      2. 能力主体の人事査定による昇給・昇格
      3. 上層部への意見がスムーズに届くように風通しを良くする
      4. 全社員の意見を集約できる仕組みを作る
      5. 各会議の有り様も改善すべき。徹底した熱い議論が、素晴らしいアイディアを生むことがある
      6. 次代を担う若手の幹部候補生を養成する仕組みを作る
      7. 全社員一人一人の能力を引き上げるべく、指導・教育の充実を図る
    • 各人に与えられた仕事を通して、その人が人生の生甲斐を実感できるような、ハイレベルな人材の育成に力を注ぎ、資金も投入すべき。
    • 一日の大半を会社に身を置く訳ですから、働くという概念を捨てて、会社に愛情を感じ、仕事が生き生きと楽しくて仕方が無いような、社風なり土壌があれば、みんな能力以上の力を発揮すると思います。
       大抵の社員は、家に帰っても意外とつまらない時間を過ごしているものです。ただ給料を稼ぐために、重い身体を会社に向けても誰も得しません。
       未来志向の抜本的な働き方改革や、社内に蔓延している、悪い慣習等の改革が急がれます。

     他にも数多くの意見・提案が出されております。
     社員はこの会社で働ける喜びを実感し、誇りを持って、活き活きと充実した人生を生き抜きたいと切に希望しています。
     このような純粋な社員の心をお酌み取りいただき、未来志向に立った、抜本的な社内改革を、身を切る思いで断行していただきますよう、強く希望するものでございます。

     以上【提案書】と【会社にこうして欲しいと思っている事】の文書を提出させていただきます。


第四章 新潮流
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