大会社の中枢部への挑戦を決意した、一社員のとった行動が意外な展開を生む
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◇ 第五章 助っ人

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□ 第五章 助っ人 □

 津山は作成した提案書と添付書類の文章に、誤字・誤記・脱字・誤植等が無いか、パソコン画面上は勿論、実際に印刷してくまなく一字一句、何度も慎重にチェックし、確認した上で印刷した。
 そして、部長の指示に従い、A4の茶封筒に入れ、糊付けした上にセロテープを貼り、表に田畑部長殿へとサインペンで書き、横に赤字で開封厳禁と書いた。馬鹿丁寧とはこのことである。津山は自分でも、そこまでしなくてもと自笑ながら、午後の三時頃に沢田課長のデスクに足を運んだ。
「課長、指示いただいた提案書がまとまりました」
 茶封筒の表を上にして課長のデスクに置いた。
「おお~、出来たか、大変だったな、ご苦労さん」
 課長は一応津山をねぎらったが、心なしかよそ行きの顔をしていた。課長自身も同じテーマで以前提出していたにも拘わらず、津山に改めて提出するよう指示されたことが、少々不満なのかもしれない。
「この封筒を受け取ったら、速やかに持参するようにと部長からの伝言です」
 課長は慌てて上着を羽織り、津山の目の前から消えた。

 数日後、沢田課長のデスクに部長から電話があり、二人応接間で待っているよう指示された。津山は、多分、自分が作成した提案書と添付書類の事で話があるのだろうと推察した。
 応接間の扉の前につくまでの間の素振りで、沢田課長の緊張ぶりが伝わってきた。応接室に入り、ソファに腰を下ろし待っている間も、気がそぞろの感じが見て取れた。
 暫くして、笑みを浮かべながら田畑部長の顔が近づいてきた。手に茶封筒はなかった。予想が外れたと直感した。

「ご苦労さん、提案書と添付書類はじっくりと読まして貰った。一つの貴重な提案だが、俺一存では判断しかねる部分も多々あるから、この件はもう少し時間が必要だな。そう理解してくれ。追って連絡する」
 となると、二人を呼んだ目的はなんだろう。
「来て貰ったのは、別なことで、主任も同席した方が良いと判断したんだ」
 課長が空気が読めない素振りで頷いた。
「課長は、一月ぐらい前に、津山君から同行営業の話は聞いてるよな?」
 ざっと一月前に、東条物産の件で、津山と打ち合わせした際に、津山が営業一課の知花社員と同行営業した話がさらっと出たが、まるで思い出せなかった。
「あ、はい、いえ、聞いたかもしれません。その時のことは思い出せませんが、同行営業については、現時点ではもう既に管理課の業務に組み込まれていまして、津山君が一人でその対応に追われている状況です」
「成果は上がっているのか?」
「始めてからまだ一年程度ですので、試行錯誤しながらやっておりますが、成果は徐々に上がってきています」
「そうか、来て貰ったのは、先日津山君が話してくれた中に、同行営業という文言があったが、どうも気になってな、参考までに、その件について少し詳しく話してくれないかと思ってな」
「ああ、なるほど、そうでしたか。言い出しっぺは津山君ですし、一部始終は津山君がお応えできると思いますので、津山君からお話しさせていただきます」
 課長は津山の顔をのぞきながら部長に応えた。
「そうか、じゃ頼む」

 津山は先ほどから意外な展開に少々驚き、部長の思いを計りかねていた。
「私の仕事は、申すまでもない事ですが、各営業課から提出される売り上げ伝票や月間及び各四半期毎の計画書をチェックし、営業会議の資料を作成する業務を担当させていただいています。営業管理課に配属になって二年程度になります」
「うん、そうか」
「最初の一年間は、業務を習熟する為に何かとバタバタしていましたが、二年目に入ろうとした時、ある営業課の担当者、一課の知花君というのですが、から、相談がありました」
「うん、どんな相談だったんだ?」
「新規に開拓しようと思って、有力な会社を日夜攻めているんだが、一向に成果に繋がらない。何か良い知恵はないものでしょうかと言うのです」
「有力な会社って何処だ?」
「長谷部建材です」
「長谷部建材?今じゃ内の有力な取引先じゃないか」
「そうなんです。今だから言えるのですが、知花君は仕事熱心でコツコツと地道に努力する優秀な営業マンですが、一途って言いますか、一徹って言いますか、悪く言えば融通の利かないところがあります」
「ほうー、その彼が、担当外の君に相談を持ちかけた?何でだ?」
「私もちょっと戸惑ったのですが、営業一課の主任とか課長に相談してみたのか?と尋ねてみました」
「だな、一応筋としてはそうなるな。そしたら?」
「もちろん相談して、同行営業をお願いしたそうです。つまり、主任または課長に同行して貰って相手と交渉すれば、もしかしたら打開策が見つかるのではと、彼は考えたらしいのです」
「なるほど、ごもっともな考えだな。で、主任または課長は同行してくれたのか?」
「それが、主任も課長も、今忙しいからとか、何だかんだと理由をつけて、結局同行してくれなかったらしいのです」
「う~ん、そうなったか。主任も課長も忙しい身だからなあ、分らんでもないが、それにしてもなあ」
「そこで思いあぐねて私のところへ」
「他に相談する同僚とかあるだろうになあ、何で君なんだ」
「全く同じ事を聞いてみたんです。何で俺なんだ、と」
「うん、うん」
「そしたらですね、知花君が真剣な顔をして、こういう話をしてくれました。

 私が前に配属になっていた、木材事業部のCAD・CAM課に原田君という社員がいるのですが、知花君と原田君は仲の良い友人関係にあるそうなんです。
 ある日、知花君は珈琲を飲みながらの原田君との雑談の中で、たまたま原田君にその悩みを打ち明けたみたいです。ところが、原田君が言うには、俺は営業のことはさっぱり分らないから、相談されてもなあ、ということだったみたいです」
「それはそうだろうな、全くの畑違いだろうからなあ」
「しかし、友人の知花君の真剣な顔を見て、原田君は何とか出来ないものか、他に相談できる人は居ないかと暫く思案して、ハッと膝を叩きながら私の名前を知花君に告げたそうです」
「君はこれまで営業経験は?」
「全くありません」
「面白いな、原田君は営業経験の無い君を、どうして相談相手にふさわしいと思ったんだろうな」
「その件は、会う機会があれば原田君に聞いてみようとは思ってはいますが、私にも未だに分りません」
「…………」
「業務上接触はありますから、知花君は営業管理課に所属している私のことは、多分知ってはいただろうと思いますが、まさかと思ったのではないでしょうか」
「うん、うん、だろうと思う」
 部長は話の展開に興味ありげな顔になった。津山の話を楽しんでいるようだった。
「一途、一徹の知花君は、もう藁をもすがる気持ちでしたでしょうから、友人の原田君の言葉に飛びついてしまったと思われます」
「あはは、面白い!……君は困ったろう?」
「おっしゃるとおりです。何で俺なんだよと」
「営業経験の無い男に、プロの営業マンが、営業のことで相談にきた。あはは、漫画だな」
「当然その場では対応が出来ませんので、知花君に少し時間をくれと頼みました。絶対になんとかするからという言葉を添えてですね」
「知花君喜んだろう?」
「あの顔は未だに忘れませんね。と同時に私の脳裏に、何かですね、得体の知れないものが動き出した感じがしたんです」
「ほー、聞きたいね」

「各営業課から私に提出される、書類はいわば数字の羅列です。各営業マン毎の成績は勿論ですが、達成率とか次月の売り上げ予定とか、種々の項目毎に数字のオンパレードです。至極当たり前の事なのですが、いつもその数字を見ながら、思うことでした」
「数字を見て思う事がある。この担当者は、どうのこうのとか?この課はどうのこうのとか?」
「そうじゃないんです。違うんです。顔が見えないんです」
「顔が見えない?どういうことだ」
「例えば知花君の数字ですが、知花君は営業成績は優秀ですから、数字としては当然何も言うことはありません。しかしながら、どうやってこの数字をものに出来たのだ、この数字はどんな苦労を背負ってるんだ、つまり、知花君が売り上げを上げる為の考え方や行動、こういう戦略で、こういう戦術を駆使したらこういう数字になった。ただ数字だけを見ていますと、数字に隠された一人一人の、そういった営業戦略や戦術が全く見えてきません」
「…………」
「売り上げを上げるという目的は同じでも、一人営業の場合、一日の営業担当者の行動パターンは個々人でバラバラです。行ってきますと言って社外に出た後のことは、誰一人として分っていない筈です。良い悪いは別にして、アポイントが取れない、どうやって時間を潰そう、喫茶店でコーヒー、車の中で仮眠、良くある事です、と、営業経験の無い私が時々耳にする話です」
「…………」
「第一線で売り上げとの戦いを強いられている営業担当者の苦労は、大変だなあと推察していますが、果たして、喜びを感じながら仕事をしているのだろうか、充実した人生を噛み締めながら仕事が出来ている、と声を大にして言える人が何人居るだろうか。もしかしたら、一人としていないのではないだろうか。と、そんな事を思ったりしていました」
「…………今君が話したことと、君の中で得体の知れないものが動き出した感じと、どういう関連あるんだ」
「そこで閃いたのです。営業マンをサポートするセールスアシスタントになってみようと」
「うん、それで?」
「配属が違いますから、営業の担当者という訳には行きませんが、知花君の申し出の同行営業だったら可能じゃないかと思ったのです」
「なるほど」
「そうすれば、同行した担当者の一部始終が見えてきます。考え方とか、アポイントの取り方とか、一日のスケジュールがどうなっているとか、具体的なことが手に取るように分ります。その結果、数字に良いにつけ悪しきにつけ、同行者の顔が浮かんできます」
「なるほど、いい着眼点だな。だが、忙しい君の業務がさらに増えるんだぞ」
「それは、覚悟しなければなりませんね。何とかしたいと思いました」
「しかし、組織上それは簡単には出来まい、部外者の君が営業の手伝いをするんだろ?」
「そうなんです。そうでなくとも、部長の前でこういう言い方はどうかとは思いますが、旧態依然とした硬直した組織の中では、私のこの考えは十中八九アウト」
「で、どうした」

「はい、まずは筋から言いまして、沢田課長に相談してみました」
 沢田課長は自分の事が話に出てきて、顔を津山に向けた。
「あはは、答えは見えてるよ。そんな事止めとけ。だろ?」
「おっしゃる通りでした。目の前に課長がおられますので言いにくいのですが……」
 津山は課長の顔を見た。沢田課長の顔に微笑みがあった。
「言いにくいんじゃ無くて、言いたくて仕方が無いという顔だぞ。部長の前だ、俺は一向に構わないから、ありのままを、率直に何でも話せ」
「分りました。ありがとうございます。ではお言葉に甘えて申し上げます。
 沢田課長の言われるには、各営業課の課長や主任の立場を考えろよ。そんな事出来る訳ないだろうでした。いえ、それぞれの立場で誇りを持って業務に取り組んでいますから、課長の言い分も理解出来るんです。その誇りに逆なでするようなことは、いくら管理課でも出来る訳ないだろう、と、まあこういう事でした」
「そんな事だろうと思う。な、課長?だが、君はそこで諦めなかった。だろ?」
「はい、私の脳裏には知花君の必死の思いが覆う被さっていましたし、知花君にも心配するな、何とかするからと言っていた手前、何を差し置いてでも、何とかしなければと思っていました」
「で、どんな手を使ったのだ」
「はい、まずは管理課長としての課長じゃなくて、つまり、営業課長や主任の立場を無視して、あるいは、沢田課長自身が、例えば営業一課長だと仮定した場合の、同行営業そのものの是非を尋ねてみました」
「課長は何と返事した」
「それは勿論賛成だよ。君が優秀な営業マンならな」
「ははは、そう来たか。なるほど、一理あるな。営業未経験者が同行したって拉致あかないだろうってな」
「そこで、突っ込んで質問しました。じゃ、もしも私津山が一流の優秀な営業マンだったら賛成ですか?と」
「旨いこと言うなあ、感心するよ。課長は何と?」
「君が今の業務に支障きたさないという保証さえあれば、一も二もないよ大賛成だよ。ですって」
「そうか、うん、課長としては当然な返答だな、だが、君は営業マンではなくセールスアシスタント、つまり営業担当者の助手をしてみたいのだろ」
「私はさらに畳みかけました。必死でしたから」
「うん、何と言ったんだ」
「私津山が一流の優秀な営業マンで、各営業担当者と同行した場合、営業担当者としての誇りやメンツはどうなります?」
「オー、そうだよなあ」
「先ほど課長が言われたように、主任や各課長同様、営業担当者も誇りとメンツを持って業務に取り組んでいると思いますが、と」
「うん、課長は痛いところを突かれてしまったな」
「課長曰く、じゃ、君が一流の優秀な営業マンじゃなかったら、どういう立場で担当者と接するのだね」
「…………」
「私は答えました。あくまでセールスアシスタント、つまり営業担当者の助手の役目です。営業担当者の誇りやメンツだけは、絶対に犯してはいけないと思います。と」
「だな、言えてる」
「そこで、さっきは例えばの話として言いましたけど、実際に課長が一課長に転属したらどうします?この提案を拒否しますか?転属はまんざら無いことは無いと思いますけど、と、問いかけました」
「君も人が悪いな。人の弱みにつけ込んで」
「部長、これは弱みにつけ込んだ話ではなくて、現実に起こりうることを言ったまでですよ」
「あはは、すまん。で、課長の様子は?」
「じっと私の顔を見て、驚いた様子でした」
「課長は結局納得してOKしたのか」
「いいえ、理屈は分るが、今現在置かれている俺の立場からはOKする訳にはいかない、と」
「やれやれ、難攻不落とはこのことだな。結局君は諦めざるを得なくなった」
「引き下がれません。知花君に申し訳が立たないですから」
「お、そうか」
「そうは言っても、課長も突然の私の提案でしたから、少し時間をおいた方が良いと判断しました」
「うん、うん、良い考えだな。人には頭を冷やして、じっくり考える時間が必要な場合があるからな」
「私は応接間のソファから腰を上げて離れました。離れ際に課長に申し上げました。課長、私のこの提案が実行されれば、必ず営業各課の業績が上がります。そうなれば管理課長としても鼻高々ですよ。請け合います」
「なんとまあ、課長の一番欲しい餌を目の前にかざして、鋭利な刃物でグサッとやったな?」
「いえいえ、こういう言い方は上司に対して不謹慎ですが、課長のしたたかさは社内でも有名ですから」
「あはは、本人を目の前にして、よく言うぜ。だが、それが沢田課長の取り柄でもあるからな。憎めないよな。な?課長」
「はい、仕事のことでしたら、何と言われようと構いません。自分の考えを貫き通すのみです。したたかさは私の信条とするところですから、むしろ言われることは大歓迎です」
「開き直ったな、ま、津山君そういう事だそうだから、気にしないで話を続けてくれ」
「はい、課長の取り柄ですか。そうかもしれませんね」

「で、時間を置いて、どうなった?」
「次の日の朝一番に、課長に話があると言われ、応接間で待っているよう指示されました」
「朝一番?朝礼前か?で?」
「はい。驚きました。例の提案の話ですが、あっさりOKが出ました。条件付きでしたけど」
「おー、それは良かったな。条件付きとはどういう条件だ」
「月一回行われている、管理課主催の営業課全体の管理職会議の席上で全管理職の同意を得てくれ、という条件です」
「管理職全員の同意か?」
「一人でも反対者が出たら、この案は廃案になる。OKする訳にはいかなくなる。良いな、と強く言われました」
「そうか、釘を刺されたか」
「はい、……えっ、と一瞬思いました。でも一方では納得する自分もおりました」
「課長としては、考えに考えた挙げ句の結論だろうからなあ。分らないこともないな。それにしても、お粗末な提案書を提出した割には、ほんとにしたたかな奴だな」
 課長の顔が一瞬曇った。
「部長も口が悪いですね。そんなにまずかったですか?」
「おいおい、ぬけぬけとよく言えたもんだ。的外れも良いとこだ、話にならない内容だったぜ。何処がお粗末だったか説明してもいいが、今更説明してもしょうが無いだろう。自分で考えることだな」
「はい、すみません。反省します」
「で、その後どうしたんだ?」
 部長は津山の方に顔を向けた。

「管理職会議で、一通りの趣旨や運用について、特に実行した場合の利点や期待できる成果について細かく説明しました。
 そして最後に、この提案は決して管理課からの強制ではなく、あくまで主体は営業担当者からの依頼に基づき、各主任や課長の承認を得た案件に絞って実行される旨を強く主張しました。質問もいくつか出ましたから、丁寧に説明しました」
「そうか、沢田課長喜んだろう?管理職の誇りやメンツが保たれた訳だからな」
「その時の沢田課長の顔をお見せしたいぐらいでした。満面の笑顔でした。ね、課長?」
 沢田課長は頷きながら苦笑いした。
「で、君の説明を聞いて、全員が挙手して賛成した。同意の意思表示があった。ん?」
「いえ、いったん課に持ち帰って、社員に対する説明会を開いた上で、改めて討議する旨の話が出て、協議した結果、それが結論されました」
「順当な結論だな。社員に説明しないのは良くないからな」
「はい。この提案はあくまで営業担当者が主役ですから、その決定は、私の中では想定内で、当然だと受け止めました」
「良い具合になったな」
「最後に私からのお願いに、少し場内がざわめきました」
「おい、何と言ったんだよ」
 田畑部長は驚いて見せた。この男の考えについて行くのに少々時間は掛ったが慣れてきた。
「お願いと最終決定の条件があります。と」
「おいおい、また条件かよ。条件をつけたら決まるものも決まらない可能性があるぞ。何と言ったんだ」
「お願いは一つだけです。必ず全社員に誤解の無いように、細部にわたって説明して下さい。必要なら私から説明させて貰っても構いません。その時はご連絡下さい。そして最終的に決定する条件とは、皆様方全員の同意は勿論ですが、全社員の同意を取付けて下さい。もし一人でも反対者があった場合、この提案は廃案となります。理由は敢えてもうしません。各自でお考え下さい。全員が賛同・同意されることを切に願っております。宜しくお願い申し上げます」
「それは、みんな驚いたろう」
「一番驚かれたのは沢田課長でした」
「あはは、分る分る」
「散会の前に、沢田課長のお許しを得て、高いところから僭越ではございますが、お話ししておきたいことがございます。今暫くお時間を下さい。
 この提案は、これからの我が社の営業戦術上、極めて重要な位置付けになります。
 皆様方の全員の同意を得て、実際に実行されますと、必ず業績が上がると確信しております。その果実は担当者は勿論ですが、皆様方にも分配されます。その結果我が社の業績が飛躍的に上がり、業界のリーディングカンパニーとして、燦然と輝く未来を獲得できるものと期待しております。
 是非とも皆様方の絶大なるご協力を心よりお願い申し上げます。本日はこれで散会と致します。ありがとうございました。…………ということで部長、これで散会となりました」
 津山は田畑部長に向かって、丁寧に頭を下げた。

 部長の顔が晴れ晴れとしていた。この若者の底知れない能力に驚くと同時に、果てしない夢を見る思いだった。

「うん、全員の同意が得られるかどうか楽しみだけど、君が知花君と同行したという話を先ほど聞いているから、結果は聞かなくてもいいな。ほんとにご苦労だったな」
「ありがとうございます。実は全員の同意がもたらせるまで紆余屈折がありました。同行営業を好まない社員が居たのです。気持ちはよく分ります。何だよ一部始終監視されてるみたいで仕事にならないとか、自由に自分なりの営業できないとか、その他諸々、誤解を含めて、議論が噴出したのです」
「おーそうだったのか。すんなり全員同意したのじゃないのか?」
「はい。緊急の管理職会議を開いて協議しました。まさに喧喧諤々の会議になりました。議長の沢田課長はただ成り行きに任せざるを得ない程の状況でした。私は各管理職の発言をじっと聞いていたのですが、各管理職自身が大きな誤解をしていると思ったものですから、その場を制して発言を求めました」
「どんな誤解か」
「私から一言申し上げます。皆様方の発言をじっくり拝聴させていただきましたが、重大な誤解があります。
 今回の提案の主たる目的は、私がアシスタントとして、各課の担当者と同行して営業のお手伝いをさせていただくというものです。しかもそれは、管理課が強制して実行するものでは決してありません。先般も申し上げました通り、これはあくまで担当者自身が、同行営業して欲しいという自主的な希望を、皆様方が検討して、最終決定した案件だけを管理課に上げていただくという基本原則があります。
 箸にも棒にもかからないような案件まで上げて貰っては困ります。私も通常の大事な業務をこなさなければなりません。当然これを実行に移すには、事前に十分なスケジュール調整が必要です。その上で私の余った時間に、少しでも皆様方の業務のお手伝いは出来ないかという、私から言うのも何ですが。いわば善意で行うのが趣旨の提案です。その辺に、皆様方の誤解があるのではないでしょうか。
 担当者全員と毎日同行するなんてとても出来ませんし、その必要はないと思っています。同行営業はして貰わなくても良いと思っている担当者も当然いると思われます。もちろん一向に構いません。これまで通りの営業を続けていただければ結構なのです。考えてもみて下さい。そもそも同行営業を望まない担当者が、営業案件を提出する筈がありません。
 念のため繰り返し申し上げますが、同行営業は、担当者の自主希望に基づく案件の中から、管理職の皆様方が承認した案件のみを行うというものです。
 但し、こんなことを申しますと、捕らぬ狸じゃないかとか、生意気な、とお叱りを受けるかも分りませんが、同行営業した案件が次々と成功して、担当者の業績が目に見えて向上したらどうなると思いますか?もう、説明は不要かと思います。私もそうなるように、全治全霊を傾けてお手伝いをしたいと思います。
 担当者の方から、何だよ格好いい事ばかり抜かしやがって、ちっとも成果が上がらないではないか、もう止めちまえ、なんて事にならないように、その為の学習も怠りなく、ハイレベルの営業展開が出来るように努力したいと考えております。
 今のところ、お手伝いできるのは、私一人しかおりませんが、状況を見ながら、アシスタントの人数を増やして貰うように会社にお願い出来れば良いなと思っています。それは同行営業が上手くいっている姿でもありますから、是非そうなるように頑張りたいと思います。私からは以上です」

 腕組みをして目を閉じて、津山の話をじっと聞いていた田畑部長は、首を縦に振って何度もうなずいていた。
「誤解が解けたようだな」
「はい、皆さんに納得していただきました。とても嬉しい気持ちになりました」
「そうか、良かったな。課長、主任の話を聞いて、何か言うことは無いか?」
「いえ、私も当事者の一人ですから、津山君の必死の姿を見て、良く頑張ったなと褒めてやりました」
「そうか、だな、ありがとう。参考になったよ。もう既に、今の段階で長谷部建材のような実績も出ているから、事と次第によっては、会社の全部門で実施に向けての検討会でも設けるかな」
「ですね、是非ご尽力いただければと思います」
「あい、分った。ありがとう」
 部長は津山の目を見て右手を挙げた。そして、沢田課長の方を振り向き言った。
「課長、同行営業して成果の上がった案件や、近々成果に繋がりそうな案件、今現在継続中の案件を、各課毎に担当者毎にリストアップして報告してくれ」
「はい、かしこまりました。今度は褒められるような内容の報告書を出さしていただきます」
「何を言う、単なるリストアップに、褒められるも何も無いだろう」
「ですね、すみません、おっしゃるとおりです、はい。ミスの無いリストをご報告いたします」
「うん、そうしてくれ」


第五章 助っ人
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