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災害から身を守る一つの答えがここにあります

◇ 震災語り部(一覧)


巨大地震に実際に遭遇した空前絶後の真実

巨大地震に実際に遭遇した人でしか語れない空前絶後の真実があります。
その心の叫びを拾い集めてみました。その方々の命がけの体験を無にしない為にも、万一実際に巨大地震に遭遇した時の心構えとして、これらを記憶し、心に留めておくことはとても大事なような気がします。
それは、自分の命は勿論ですが、家族や知人そして地域の方々の命を守ることに繋がる貴重な教えでもあります。
掲載している記事はほんの少しですが、いざという時の為の一助にしていただければ幸いです。


家族や知人そして地域の方々の命を守ることに繋がる貴重な教え

一瞬で何もかも無くなってしまって本当に怖い思いをしました。とても悲しいです。なので、とても好きな街でしたが、もうこの街には住みたくないと思いました。
倒れてきたタンスの下敷きになってしまい身動きできない、激痛が全身を走り覆い、意識が朦朧となり、ここでもう死んで私の人生が終わるんだと本当に思いましたね。あの恐怖を思い出す度に身震いがします。


「大丈夫じゃないかな」という考えがこういう結果になってしまったのでしょうね。考えが甘かったようですね。それにしても、とてつもなく怖い思いをしました。
もう無我夢中でした。何をどうしたらいいのか思いつかないものなんですね。あの怖さはおそらく一生忘れないと思います。


恐怖、とにかく最悪、最悪、極悪。何とかなるというレベルじゃない。長い時間、全身が震えて止まりませんでした。この恐怖感は経験した者でないと分らないと思う。
もう七転八倒必死でした。何回目かに辛うじて119番に繋がったが、「道路がガレキで埋め尽くされていて行けません。どうにもなりません」と言われて、ああ、ここで死んで終わりかなと本当に思いましたね。


身体中に激痛が走り、ああ、もうダメかもしれないと思った。何とか生きるんだ、何とか頑張ろうって自分に言い聞かせた。諦めかけたところもありましたが、何とかやってみようって……。もう必死でしたね。
油断っていうか甘かったんでしょうね。……怖いですね。……ほんとに怖かった。思い出すたびに震えてしまいます。


近隣が火の海となりました。至る所から悲鳴が聞こえ、プロパンガスのタンクが爆発するのを見た時は、この世のものとは思えないほどの激しい恐怖心が全身を包み、腰が砕けるところまでは覚えていましたが……。怖いですね。……ほんとに怖かった。思い出すたびに震えてしまいます。
もう凄かった。怖かった。足に激痛を覚え上げられない感じだった。這って這って這いずり回りながら、とにかく誰かに会いたかった。生きていることを伝えたかった。


物凄く恐ろしかった。何のかんのって揺れて揺れて…揺れて、下からも……。茶箪笥が転倒すると思って必死で押え、天井がきしむ音が聞こえたところまでは覚えています。気がついたら目の前に看護師さんがいました。合掌して命を噛み締めました。
な~に地震が来てもこの家は壊されないさ。絶対に大丈夫だよ。そういう過信が片足を切断するハメになったのですね。今更ながら甘かった自分を責めています。


地震の怖さを知らなかった。まだ信じられません。あの悪魔が襲いかかってきたような凄まじい光景が脳裏から離れません。夢に出てきて眠れない毎日が続いています。
思いもよらぬ場所で、思いもよらぬ規模で災害が起きる。もはやこれは日常と言ってもいいのではないでしょうか。今こそ、自分の命は自分で守る知恵を持つと同時に、常に覚悟を持って準備を怠りないようにしなければなりません。これは必須です。


日頃の対策や備えが生死や被害の大小を決めると言っても過言ではありません。地震は突然に襲ってくるため、避難する時間が殆どないからです。可能な限り行政等が行う避難訓練に積極的に参加してください。いざという時とても役に立ちます。
災害が発生した時、まず頼りになるのは家族や地域の人達です。隣近所の人達との挨拶、お付き合い、家族の中での話し合い。そんな小さな日々の積み重ねが、いざという時は何よりも大きな力になるのだと体験して改めて気づかされました。緊急援助隊が到着し活動出来るまでには、状況によっては時間が掛ってしまうようですからね。


震災により私たち親子の人生の歯車が完全に狂ってしまいました。でも、これは宿命だったのだと思い、未来に向かって新しい気持ちで、強い気持ちで人生の道を迷いながらでも前に進んで行くしかありません。
一緒に過ごしたかった時間、一緒に見たかった景色。映画も一緒に見たかったのに。とうとう叶わぬ夢となってしまいました。余りにもはかなく悲しい運命。教えて!私一人でこれからどう生きていけばいいの?


警察から連絡がありました。「遺骨が発見されました」愛する人の無残な姿を見て、私は身体中が震えて涙が止まりませんでした。「苦しかっただろう。辛かったろう。悔しかったろう」ああ、無念……。合掌。
あの日お父さんもお母さんも近くに居てやれなくて、守ってあげられなくて本当にごめんね。怖かっただろうね。寂しかったろうね。ああ、こんな事になるなんて…。


幸せという宝物をあなたから頂きました。あなたのそばで眠れる喜びを毎日味わっていました。あなたのぬくもりが私の生き甲斐でした。あの日までは……。今、あなたのいない人生なんて考えられないと思いつつ泣いています。ねえ、教えてちょうだい!私はこれからどうすればいいの?
親父に助けられた。箪笥の下敷きになった俺を、年老いた親父が「ガンバレ、死ぬんじゃないっ」と死に物狂いで助けてくれた。その親父が死んでしまうなんて…。


この街でとても多くの命が失われました。心の奥深い場所に残る震災の記憶。言い尽くせない恐ろしく悲しい出来事。生活する上でいろいろな影響を受けています。
母親と親父はメチャクチャ仲が悪かった。しかし、震災が起きた時、足の踏み場もない中で、2人が必死になって私を守ってくれた。その事が私にはとても大切なように思えて、良い思い出として残っています。


突然の震災に襲撃されて、ほんとに人の命っていうものを学びました。目の前で泣き叫びながら、ついには息絶えていく人を見て、私は何もしてあげられなかった。いや出来なかった。ああ、何てことだ!命の尊さとありがたさを痛感しました。合掌…。
「お兄ちゃん助けて!」落ちてきた天井の下敷きになった妹の悲痛な叫びを聞いた。必死になって声の方に近寄ろうとしても、脚に刺さったガラスの破片が容赦なく私に激痛を与え、身体が思うように動かない。「ガンバレ死ぬんじゃないぞ、生きろ!」這って這って這って、赤い涙が滴り落ち血だらけの妹の顔を見た時、119番通報だ。だが、携帯が繋がらない。ウソだろッ!


突然の震災が何もかも奪い去ってしまった大切な日常。だからこそ本当に今一瞬一秒を悔いなく全力で生きて行こうと思っても、どうやって生きて行けばいいのだろうか。これから先何したらいいのだろうか。
今の一瞬一秒というものを、本当に大事に生きて行かないと、思いも叶わず亡くなった方に申し訳ないと痛切に思っています。本当に今が大事だなとつくづく思います。


想い出に残っている人がいます。とても大切な人です。「震災の事を語り継ぐ責任があるぞ」と、もうこの世にいないその人が言っているような気がしてなりません。
今生きてるのが不思議なくらいです。こうやって音楽が聴けて、電車に乗って行けて、友達と逢えて会話が出来て、ごくごく普通のことだけど、その普通のことが、私にはとてもありがたく泣けてきそうです。


多くを失った街で見つけたささやかだけど温かな日常、私はそれをしっかり抱きしめて生きて行きます。以前の当り前の風景がよみがえるには、とてつもなく長い時間が掛かりそうな気がしますから。
震災のあの光景はいつまでも忘れそうもない。私はこの街に育てて貰った。だから、それだからこそ、その事をちゃんと言い続けて生きて行かないといけないなとつくづく思います。とっても好きな街だから。


激しい揺れに危険を感じ外に出ようと玄関ドアを開けようとしたが、どうしても開かなかった。散乱している窓硝子を気にしながら必死で外に出ようとしたが、窓から外の景色を見て愕然とした。ドロドロした泥水が家の周りを取り囲んでいた。周辺の家も同様で、傾いている家もあった。その異様な光景に怖くなり身震いがした。数年前に建てたばかりの家だったのに……。
九死に一生とはこのことですね。経験したことのない激しい揺れに、家がギシギシ唸りだした。思わず外に飛び出した。瞬間、目の前で家が凄い音を立てて倒壊した。あちこちで火の手が上がり、子供たちの泣き叫ぶ声や絶叫する人の声と共に、けたたましいサイレンが鳴り響いていた。異様な光景に身の危険を感じその場を離れた。


大きく傾いた我が家を見てショックを受けた。建てたばかりだったのに。だが、隣の家は無傷なように見えた。えっ、何故だ!「中は少々ダメージがありますが、お陰様で大したことがなくて良かったです」隣のご主人の誇らしげな顔を見て少々腹が立った。調べれば調べる程、家の造り方に大きな問題があることが判明し愕然とした。
地震や津波がまた起きる可能性は決してゼロではありません。「明日は自分の身に振りかかるかもしれない」このことを強く意識して生きていって欲しいと思います。


震災を体験して嫌というほど思い知らされたことがあります。それは、震災に強い建物と弱い建物があるという事です。自分や家族の命を守るために、どこがどう違うのか知っておく必要があると痛感しました。
震災でたった一人の姉を亡くしました。突然訪れた大好きだった姉との別れ。焼焦げた姉の遺品を見ながら、とても辛い思いをしたのだろうなと思うと、泣けて泣けて仕方ありませんでした。「お姉ちゃん……」どうして、どうしてなの…。


今まで他人事のように思っていましたが、自ら震災を体験して、ニュースになっている人の気持を、分ってあげられる自分になりたいと強く思うようになりました。
最後まで必死になって体の不自由なお年寄りを助けようとした娘が、かえらぬ人となってしまった。あんなに優しかった娘。笑顔の絶えなかった娘。親思いの娘。どうしてこうなってしまうんだ。毎晩空を見て泣いて泣いて、娘の名を呼ぶ。でも…


この国で暮らす一人一人に大切な家族があり大切な人生があります。生きたくても生きられなかった方々の、無念の気持を決して無駄にしてはいけないと思います。国を挙げて、災害に強い強靭な国を造って欲しいと強く強く思います。
死ぬまで一緒に生きていけると、当然、当たり前のように思っていました。しかし、突然襲ってきた地震で、かけがえのない、とても大切な二人を失ってしまいました。……私は今失意のどん底に居ます。