「ほほ~、今時スカッとするって滅多ないから、良かったねえ」
「そうなの、最近くしゃくしゃしてたから尚更ね」
「へえ~、君にもそんなことあるんだね」
「滅多ないけど、ここのところ多いわね」
「で、その研修会って、どんな研修会?」
「業務改善についての意見交換会」
「まるで陳腐なテーマだなあ。どの会社でもやりそうなありふれたテーマだね」
「でも業務の改善て、どの会社でも永遠のテーマでもあるような気がするわよ」
「分るけど、中堅の女子社員の研修会だったら、もっとましなテーマはない?」
「例えば?」
「例えば、会社における中堅女子社員の存在意義についての意見交換会とか」
「まあ、いいわね」
「もっとあるよ。会社の未来の展望について、女性の立場からの意見交換会」
「そんなテーマだったら、やる気が出て、いろんな意見が噴出しそうよね」
「研修会なんて、ただやればいいなんて、もう時代遅れだよ。時間の無駄さ」
「へえ~、驚いた。あなたが経営者だったら、きっと会社も良くなるわね」
「ということを言うってことは、会社の状態が芳しくないとか?」
「正確なことは分らないけど、私の勘では、大分売り上げが落ちて大変みたい」
「そっか~、今どこの会社も大変みたいだからなあ」
「だから、業務改善して、もっとスリムになって利益を出そうってことなのよ」
「研修会の趣旨について、おえらさんから何か話があった?」
「ええ、私が言ったようなことよ」
「スリムになるってことは、リストラもあり得るってことだろ?」
「ん?……あ、そうよね。そこまで考えなかった」
「この研修会はどの部門の主催なの?」
「社内の回覧板では、総務課と何故か人事部が併記されてた」
「はは~、なるほどなあ」
「ん?何がなるほどなの?」
「人事の評価をちらつかせることで、心して研修会に臨めという脅迫だよ」
「脅迫はあんまりだと思うけど、今、なるほどの意味が呑み込めたわ」
「別に驚くことはないさ、多くの会社でよくやることだよ」
「だったら、私まずい事になるかも」
「エッ、どうしてよ、研修会で何かまずった?」
「うん、まずってしまったわね、多分」
「どうまずったの?話してみて」
「研修会は型通りに何事もなく終わったの」
「会の進行役って誰だったの?」
「総務課長」
「みんなそれぞれ思うことを意見したんだ」
「いつものことで、可もなく不可もないレベルの意見よね」
「君もそのレベル?」
「もちろんそうよ、私は総務課長があまり好みじゃなくて、だから」
「あは、ありきたりの意見を言ったんだ。だけど、好みで意見って言うかい?」
「だって」
「あはは、分らないでもないな。俺も良くあることだから」
「でしょう?」
「で、研修会が一応終わって、その後何かあったような口ぶりだったな」
「そうなの。最後に人事部長が出てきて」
「おっと、何でそこで人事部長が登場するんだ?」
「私に聞いても知らないわよ、そんなこと」
「アハ、だな」
「でも嬉しかったわ私」
「えっ、どうしてだよ、何で?」
「フフ、私の好きなタイプなの」
「オイオイ、ったく、これだもんな、芸能人で言うと誰に似てるの?」
「キムタク」
「あはは、そんなに恥ずかしがらなくてもいいよ。イケメンだよなあ彼」
「でしょう?大ファンなの」
「ハイハイ、それはいいとして、その人事部長の名前は?」
「えっ、名前?どうして知りたいの?」
「いいから、名前なんて言うの?」
「牛田部長」
「牛田なんて言うの?」
「あ、ちょっと待って、スマホで調べる」
「へえ~、スマホに社員名簿を登録してるんだ」
「当たり前でしょ。みんなしてるわよ」
「へえ~、そうなんだ。知らなかった」
「牛田幸太郎になってる」
「そうか、じゃ『ウシコウ』だ。『キムタク』と『ウシコウ』これは喧嘩になるな」
「フフ、あなたってほんとにおもしろい人ね。だから人気者なのね。分る」
「で、ウシコウじゃない、牛田部長が出てきて、どうなったの?」
「研修会のテーマ以外のことで、何か質問したいことはないか?と言い出したの」
「ほ~、それで?」
「この部長の好きな理由がもう一つあるの」
「うん、どういうこと?」
「この部長は、みんなに向かって、何か意見はないかと必ず聞くのね」
「何でもいいから意見があったら言いなさい?」
「そそ、そうなの。そこが好きなの。だって他の管理職や役員達は言ったことない」
「いばりちらして、暗に何も言うなと脅してる」
「脅してはいないけど、高圧的って言うの?意見なんて言えない雰囲気よね」
「分かる分かる、ダメな会社ほどその傾向が強いように思うね」
「でね、わたし、前々から気になってる事があって、少しドキドキ感もあったけど」
「来た来た、部長の懐に飛び込んでしまえ」
「フフ、そこまでは。で、思い切って質問したの」
「うんうん、ヤレ~!」
「何よ一人で興奮して」
「あはは、俺が興奮することないか。アハハハ」
「私の質問は『コップに水を注ぐ話』なの」
「ナニ?コップに水を注ぐ話?何だよそれ」
「これが私の言う、多分まずった話」
「まずかったかどうか、最後まで話を聞かないと分らないよ」
「でも、なんだか話したくないなあ。恥ずかしくって」
「あはは、君らしくもない。物事は本質を見るのが大事だから」
「……」
「話って言うか、質問の内容によっては、必ずしもまずった事にはならないかもよ」
「あなたって、優しいのね。泣けてきそうよ」
「アハ、嘘ばっかり、顔に書いてある。で、人事部長になんて質問したんだい?」
「お、はきはきしていいね、どうぞ」
「ありがとうございます。コップの中に水を注ぐとき」
「ん?」
「そこまで言ったら、部長もだけど、全員が一斉に私の方を向くの」
「出席者って何人くらい?」
「各部門から1~2人選出されてるから、ざっと30人くらいね」
「一斉に視線が君の方に注がれて、水を注ぐ話がぐらついた?」
「な訳ないでしょ。ここからが注目の質問よ、良く聞いててよ」
「うんうん」
「コップに水を一気に注げる天才と、努力して少しづつ注いで一杯にする人では」
「おお~、凄い発想だなあ、『会社の望む人材はどちらですか?』と聞いたんだ」
「そう、会場が一瞬シーンとなって、私何だか、バカな質問したかなあと思った」
「こともあろうに人事部のトップを前にして?アハ、後悔先に立たず?」
「一瞬質問を取り下げようかとも思ったわよ。そういう雰囲気だった。嫌な感じ」
「人事部長の表情は?」
「私の顔をジッと見て」
「好きな人にじっと見詰められて、顔が赤くなった?」
「もう、話を茶化さないでっ!いざ本能寺の思いで真剣に質問したんだから、もう!」
「あは、また悪い癖が出てしまった。ゴメン、ゴメン」
「部長は、何も言わずに、みんなの方を向いて、聞いたの」
「何て?」
「今の△△君の質問に、何か意見がある人いるかな?」
「えっ、そうなるんだ。部長は良い意見が出るのを期待して、みんなに振ったんだ」
「ところが誰も手を上げないの。ああ、やっぱりバカな質問だったんだとガックリ」
「そっかあ、俺は素晴らしい質問だと思うけどなあ」
「ところで君の考えは、どっちなの?天才肌?努力家?」
「天才肌って大嫌い!当然努力家の方に軍配を上げるわよ」
「で、部長は?」
「じゃ君たちの考えを聞こう。会社が望む人材は天才肌の人だと思う人は挙手して」
「うんうん、で、結果は?」
「殆どの人が手を上げた。挙手しなかった人は2~3人程度だった」
「へえ~、ほんとかよ。意外だなあ」
「ほんとは私は、皆の考えなんてどうでも良くて、部長の考えを聞きたかったの」
「うんうん、だよなあ」
「成行き上、私はガックリして腰を下ろしたの」
「うん、分る」
「そしたら部長が私に向かって『君の答えとその理由を聞かせてくれ』と言うの」
「お~、流石の部長だ。マトはぶれていない」
「私は少し気持が落ち込んでたけど、もう、ここまで来たらやるだけやってやる」
「ひや~、とうとう来たか。ヤレ、ヤレ~。『敵は本能寺にあり』やっちまえ~」
「あなたってほんとに単純ね!人の気も知らないで」
「そう申されるな、姫君の気持ちを奮い立たせてあげたいと思いましてな」
「あら、お得意の時代劇になったわね?……姫君?…うん、悪くない響きねぇ」
「拙者は、姫君のその命がけの行動に、痛く感銘仕りましてござる」
「フフ、さすが堂にいってるわね」
「ありがたき幸せ。……で、何だったっけ?」
「あきれた、自分から振っといて」
「ゴメン」
「一瞬だけど、私の気持の中に、ある種の覚悟が生まれたの」
「こうなったら、後は野となれ山となれ?死んでもいい?」
「そそ、で、私は部長の目を瞬きもせずじっと見詰めながら、自分の考えを述べた」
「お~、やったね」
「自分で言うのも変だけど、驚く程沈着冷静で、自信たっぷりに言うことが出来た」
「死を覚悟した、必死の形相で意見を述べる、君の眩しい程の顔が浮かぶようだ」
「フフ、それ程大袈裟なことではないけど、近いわね」
「で、部長は何と?」
「驚くなかれ『△△君の考えを参考に、全員の考えを後日提出しなさい』でお開き」
「そういう展開になるか。君としては単なる意見としか取って貰えず、残念無念?」
「だから、まずったかもという思いが急に出てきたの」
「みんなの様子はどうだったの?」
「そうねえ、分らないわね。でも、もうどうでもいいわよ」
「果報は寝て待て?」
「それを言うなら、アホーは泣いて待ての心境ね」
「みんなの意見がどう出てくるかという事と、人事部長の考えがどこにあるかだな」
「今度のことで、がっかりしたことあるの」
「俺も今多分同じことを考えていた。こういう事だろうと思うけど、言ってみて」
「部長は、何故その場で自分の考えを言わなかったのかしら」
「そこだよ、でも多分部長なりの考えがあって、そういう展開にしたんだと思う」
「そうよね、きっと。でも、思い切って自分の意見が述べられて、スカッとしたわ」
「結果はともかく、たまにはそういう事もなけりゃな。その意味では良かったな」
「そうね、そういう事にしておきましょう」
「だけど、本来の総務部の研修会より、後半の方が、随分と中味が濃かったな?」
「フフ、それは私だけよ」
「どうしてだい」
「だって他の人達は、余計なレポートを書かされる羽目になって、恨まれてるかも」
「あ、なるほどなあ。あはは、余計なことをしやがってって?」
「一人だけいい子ぶってとか、部長を独り占めさせないわよとか」
「オイオイ、そこまで言うか?」
「部長は女性にすごく人気があるから、一種の焼き餅よね。女の世界は怖いのよ~」
「噂にはいろいろ聞いてたけど、やっぱりそうなんだ」
「ねちねちとして嫌な世界よね」
「君は特にスタイルが良くて、美人系だから余計にそうなるんだ」
「あの、ちょっとお尋ねしますけど、美人系って何?はっきりと美人だからは?」
「あ、失礼しました。訂正します。とてもお美しい方だと思います」
「フフ、ありがとう!あなたもモテるタイプだから、気をつけたがいいわよ」
「あはは、何を言う、俺なんか、……ん?……俺ってそんなにモテたっけか?」
「呆れた、誉められるとすぐその気になる単細胞そのものだわね」
▼ 会社に目安箱を置きなさい! ▼
「ハッ、ハッハ~、姫君にそう言われると、穴があったら入りとうございます」
「あ~あ、もういい加減して、付き合いきれない」
「ついでに、姫君に尋ねたき儀がござる」
「ん?急に何事じゃ、申してみい。……あれ、うつちゃった」
「姫君は、目安箱の事はご存じであらせられるか」
「何を申す、そなたは我が父、吉宗公が設置を命じたこと、知らぬと申すか?」
「えっ、姫君の父上が吉宗公とは、存じ上げなんだ。いつから?」
「たった今じゃ、文句あるか?…で、尋ねたき儀とは何じゃ。目安箱のことか?」
「左様で」
「目安箱は、江戸城竜ノ口評定所前に設置してあることは存じておろう?」
「ハハッ、存じておりますが、お尋ねしたき儀は、その目的でござりまする」
「目的とな?それは民意を聴取し幕政に活かす為の一施設だと聞いておるが」
「ならば、吉宗公にならって、姫君の館にも設置されてはと思いまして」
「館とは会社とか申す所か?」
「ハッ、左様でござりまする」
「会社にも目安箱を置けとな」
「ウシコウ部長、いや、ご無礼。牛田部長殿に進言されてはと思いまして」
「なるほどよのー、そのような機会があれば、牛田部長に進言せよと申すのだな?」
「御意にござりまする」
「ちと尋ねるが、目安箱は人事部ではなく総務部の案件と思うがのう」
「そうとも言えますが、敢えて人事部長に提案するところに意味がござると」
「どう意味があると申すのじゃ」
「姫君の人事部長への質疑を、目安箱の提案と結びつけることで、姫君の将来に」
「お~、良くぞ申した。高評価を得てさらに上のポストに?ということだな」
「御意にござりまする」
「あい分った。考えておこう。ところで、よくよく見ると、そなた、かわゆいのー」
「ありがたき幸せ」
「もっとちこう寄れ」
「あ、いえ、手前には妻がおりますゆえ」
「そなた、何を勘違いしておる。身分をわきまえろ。このバカ」
「あはは、とうとう馬鹿にされちゃった。フ~、疲れた。時代劇って疲れるなあ」
「フフフ、最後に、またスカッとした。フフ楽しい。もう少し姫君でいたい」
「シカケガマズカッタ ボケツダ」