語らいの中に輝かしい未来の光を垣間見る時があります!

◆ 銀杏並木は恋の登山口

「私の母の知り合いに、とっても素敵なおばあちゃんがいるの」
「類は友を呼ぶか。君のお母さんも美人で魅力的だもんなあ」
「あら、それを聞いたら母がとっても喜ぶと思う、言っとくね」
「でも女の子は、父親に似たほうがいいと良く言うじゃない?」
「それがどうかしたの?」
「君はどっちかというとお母さん似だよね」
「何よ、父親に似てないから良くないというの?」
「いやいや、そうじゃないよ。……ホメタツモリナノニナア-」

「そのおばあちゃんが語ってくれた感動の話があるの。聞く?」

「ウン、最近感動するようなことって、見たり聞いたりしてないなあ」
「そのおばあちゃんの若い頃の話なんだけど、胸キュンの話なの」
「そう、若い頃っていくつくらいの時なの?」
「多分話からすると30歳前後かしらね」
「そうなんだ、女性として一番輝いてる頃だね」
「このベンチに腰掛けると、必ずと言っていい程その話を思い出すの」
「ヘエ~、君の脳裏に住み付いて離れないってことは、余程のことだなあ」
「フランク永井の、『公園の手品師』って歌知ってる?」
「えっ?いきなり何だよ!知らないなあ。それがどうかしたの?」
「そのおばあちゃんが、とても好きな歌なんですって」
「そうなんだ、いつ頃の歌なんだい?」
「ちょっと待って、スマホで調べて見るから」
「うん」
「1998年11月の発売みたいだから、今からざっと20年くらい前の歌ね」
「そっか~、そんなに古くっちゃ知らない筈だよ」
「歌詞の中の『銀杏は手品師 老いたピエロ』ってところが好きで」
「なるほど」
「特に3番の歌詞が好きみたいよ」
「3番の歌詞ってどんな詞なの?」
「ちょっと待って、え~と

風が冷たい 公園の
銀杏は手品師 老いたピエロ
何もかも 聞いていながら
知らぬ顔して
ラララン ラララン ラララン すましているよ
呼んでおくれよ 幸せを

と、こんな感じ」
「確かに、いいねえ~、なるほど、おばあちゃんはロマンチストなんだ」

「で、これからが良いところよ」
「うん」
「二人で銀杏並木のベンチに腰かけて、色々な話をしたみたい」
「えっ、二人?…お、恋人?」
「恋人と意識し出したのは、少し後みたいだけど、飾り気のない人で」
「うんうん」
「地域の登山愛好家の同好会に入ってて」
「ほー、登山愛好家ねえ~。登山愛好家に悪い人はいないからねえ」
「フフ、自分が良く登山するからって、そこまで言う?」
「それからどうなったの?」
「ある日、その同好会で近くの山に登山する事になって」
「うん」
「その男性に、一緒に登山してみないかって誘われたんですって」
「えっ、そのおばあちゃんも山登りが趣味だったのかい?」
「違うの、山なんて一度も登った事なんてなかったんですって」
「そっかあ~、じゃ彼の誘いを断ってしまった。経験がないからと」
「そうなの。それはそうよね、突然言われても、こればかりはねえ」
「うんうん。彼は残念がったろうなあ」

「ところが、そうならないのが面白いところよ。低い山だしピクニックと」
「同じようなもんだから、全然気にしなくても良いとか何とか熱心に説得した?」
「その時、おばあちゃんは、ある何か思いもよらない感情が身体中を掛け巡り」
「オ、オ~、で?」
「今まで経験したことのない、とても新鮮な感じが胸に突き刺さった感じがした」
「オイオイ、それって恋心じゃないのかい?きっとそうだよ」
「彼に対しては、近所付き合いで、しかも、幼馴染だから、そこまではね」
「それが、何だか知らないけど、得体のしれない感情の高ぶりを覚えた?」

恋の予感

「で、急に彼の誘いを受ける気になって、彼と一緒になって用具を買ったりして」
「そっかあ~、いやあ~、分るなあその気持ち」
「それまでは、彼に対する気持ちは、軽い好感度程度だったみたいなのね?」
「うん」
「ところが、実際に同好会に同行して登山してみて、もう有頂天」
「でも、初めてのことで辛かったろうに」
「確かにとてもきつい思いだったみたいだけど、それ以上にとても感激したみたい」
「山の頂上辺りで、彼に何か囁かれた?」
「すぐそちらに話を持っていくんだから」
「だって君の話の流れから推察すると、てっきり。……なんだ違うのか」
「当たり前でしょ?頂上からの景色に感動し、感激したのよ」
「分るなあ、その感激が病み付きの始まりなんだよな、たいがい」
「それよりも、おばあちゃんの話では」
「うん」
「この時、はっきりと何かが動き出したのを感じたんですって。胸の奥でね」
「彼に対する思いだな」
「そうなの。登山中の彼の言動や優しい心に、胸を打たれ感動したそうよ」
「そうか。良かったじゃないか。今度は本物の恋心が動き出した。きっとそうだよ」

歳をとってからも二人でこのベンチで…

「物語はこれからが始まりなの」
「おっと、そうか、ベンチの話?」
「そう、それから彼としばしば会うようになったある日のこと」
「とうとう、彼に愛を告白された。いいねえ、ドラマのクライマックスだ」
「何よ、一人で悦に入って」
「で、ある日のこと、何があったの?」
「あのね、二人で銀杏並木のベンチに掛けて、いつものように話してたの」
「うんうん」
「そしたら彼が『歳をとってからも、二人でこのベンチで話し出来るといいね』と」
「オオ~、やったね、いいねえ、何と言う素晴らしいフレーズのプロポーズだ」
「その話を聞いた途端、わたし泣けてきて、何だか胸が熱くなってしまった」
「だろうなあ、やるねぇ~彼も。うんうん素晴らしい!」
「その言葉を彼から聞いて、感極まって彼に抱きついたそうよ」
「それはそうだろう、おばあちゃんにとって、最高の喜びだもんなあ。ウンウン」
「人生でこれ以上に喜びはないと思ったそうよ。女として幸せの絶頂よね」
「それは良かったなあ、うん、良かった」
「ここまでの話を聞いて、胸キュンになった」
「うんうん、だよなあ。で、そのおばあちゃんには子供は?」
「まっ、デリカシーの欠如!いきなり現実?……子供が3人で、孫が5人いるみたい」
「父親の登山愛好家、おじいちゃんだね。今も元気なのかな?」
「あのね、その人が父親じゃないのよ」
「オイオイ、嘘だろ?だって、あの素晴らしいプロポーズ」
「そうなんだけど、……暫くしてから彼天国に行ったの」
「えっ、ほんとかよ!どうしたのさ。………冗談だろ?」
「山で遭難して……」
「遭難?……遭難?……ほんとかよ……何てことだよ。ワーー、何てことだよ……」

最愛の人が突然目の前からいなくなる

「おばあちゃんは、絶頂から奈落の底に突き落とされて、自殺まで考えたみたいよ」
「……」
「立ち直るのに何年もかかったみたいよ」
「……」
「おばあちゃんは、自分の気持を押し殺したような感じで、私に話してくれたの」
「そして、目にいっぱい涙を浮かべてね。……もう、もう、とても可哀想だった」
「……」
「私も貰い泣きしちゃった。とっても悲しい思いがしたの。それにしても、…ねえ」
「そうだよなあ、そんな人生が降りかかるなんて、人生って分らないもんだなあ」
「……」
「考えてもごらんよ、最愛の人が突然目の前からいなくなるなんて」
「ああ、ヤダヤダ、そんなの絶対嫌だ!」
「だよな」
「考えたら。似たようなことは誰にでも起こるようなことよね」
「だよな、お互い気をつけなくっちゃな」
「おばあちゃんが、暗に人生の何たるかを教えてくれたのかしらね」
「そうかもな。だから、君にとっては、忘れがたい話になったって訳だね」
「そうなの、だから、いつもこのベンチに掛けると思い出すのよね」
「そっかあ、でも、どうしてこの話を君にしようと思ったのかね」
「多分、私と同じような歳の頃の出来事だから、話す気になったのじゃないかなあ」
「かもな。でも、この話、今の彼に話した事あるのかなあ」
「それはないみたいよ、今の旦那さんには、話さないほうが良いと思ったみたい」
「どうしてだよ、話しておくべきじゃないかなあ」
「でも、おばあちゃんにしてみたら、心の奥底にそっとしまっておきたいのかも」
「いやあ分るなあ、かけがえのない想い出の一ページだしね。誰にも話したくない」
「それでも、私だけには話してくれた。その気持ちを大事に私は生きて行きたい」

「うんうん、だね。いい事だね。それにしても今日はいい話が聞けた。サンキュ」
「熱心に聞いてくれて、私も嬉しいわ」
「一つ質問があるんだけど、いいかな」
「あら、いいけど、何」
「もしも君の最愛の人が、おばあちゃんと同じような事になったらどうする?」
「嫌なこと尋ねるわね。そんなの考えたくもないわ。お答えできません」
「ん?……あ、君にはまだ最愛の人っていない?ん?無理な質問だったかな?」
「まあ、失礼ねぇ。いるとかいないとか関係ないでしょ?」
「そう言われればそうだな。ああ、俺もバカな質問するんじゃなかった」
「いえ、そうでもないわよ、そういう事が起きた時の心構えが出来たから」
「なるほど、物事を良い方に考えるのが、君の魅力の一つだよな。うんうん」

「お断りしておきますけど、さっきの素敵なフレーズは、私には言わないでね」
「おっと話が急カーブだ。念のため聞くけど、どうしてそう思うの?俺が嫌い?」
「そういう事じゃないの、絶対に死んでほしくないから」
「えっ、あのフレーズを言った人は、みんな死んでしまうってこと?」
「バカねえ~、イッテルイミガワカラナイノ?……死んでしまったら、私が困るからよっ」
「おーー、泣けるねえ~。嬉しいことを言ってくれるじゃないか」
「マダワカッテナイ。ホントハ……」
「君もたまには嬉しいこと言うんだ!」
「フフ、あなたって本当に楽天的でノー天気な所もあるけど、憎み切れない人ね」
「アハ、お褒めにあずかって恐縮です。ハイ」
「モー、コノヒトノ、ノウノコウゾウガワカラナイ。デモ、フフ、タノシイ」

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