「ちょっと悩みがあるの、相談に乗ってくれる?」
初老の祖父に思い切って懇願した
「ありがとう!私の事じゃないの」
「おや、そうなんだ、好きな人が出来たから、相談したいのかと思った」
「ううん、私の好きな人は……、もう、すぐ話を外らかすんだから」
「友達と喧嘩したとか?」
「だから、私の事じゃないと言ったでしょ?んもう相談するの止めようかしら」
「あはは、ごめんごめん。あんまり神妙な顔つきで、深刻そうだったからさ」
「私の祖父のことなの」
「えっ、君のおじいちゃんのこと?おじいちゃんがどうかしたの?」
「うん、最近めっきり老けちゃって、元気がないのよ。私ちょっと心配で」
「そうなの?あんなに元気溌剌で、いつもニコニコしていたのに」
「私もびっくりしてるの。大好きな祖父だから、何とかしてあげたいの」
「何歳になったの?おじいちゃん」
「65歳。ついこの前、家族みんなでお誕生日祝いをしたばかりなの」
「そうなんだ、もう初老の域に入ったんだ。で、どこか体の悪い所でもあるの?」
「それが分らないから始末が悪いのよ」
「そうだな、分っていれば手の打ちようがあるんだもんな」
「あんまり心配になったから、近くの病院で検査して貰うように言ったの」
「うん、それがいいよ」
「ところが、『俺はこの通り元気だから、病院なんかに行く必要ないよ』って」
「あはは、君のおじいちゃん、あれでいて結構頑固なところがあるからなあ」
「でね?祖父に思い切って懇願したの」
「何と言って?」
「手を握りながら『いつまでも元気でいて欲しいから、お願い病院で診て貰って』」
「うんうん説得したんだ。かわいい孫から懇願されたら、嫌とは言えないだろう」
「ええ、やっとのことで一週間くらい前に近くの内科医で検査して貰ったんだけど」
「ほー、良く説得出来たねえ。うんうん、で、結果はどうだったの?」
「それがね、全然話してくれないの。『大丈夫だ』の一点張り」
「そっかあ、困ったもんだなあ。その内科医に出向いて聞いてみたら?」
「そんなことがばれたら、それこそ大変よ。大目玉よ」
メタボで糖尿病で脂質異常症で腎機能低下
「だけど、『大丈夫だ』と言ってる割には、これまでと違う元気の無さが気になる」
「そうなの、そこで何かいい知恵はないものかと、相談する気になったの」
「うん、相談されるのは悪い気はしないけど、その手の知恵ははるか彼方だなあ」
「そうよね、分るわ。でも、困ったなあ何とかしなきゃ、死んでしまうかも」
「あはは、それは大袈裟だよ」
「それくらい何だか弱ってるのよ。あれって絶対何か重大な病気が進行してるのよ」
「それにしても本人が頑として言うことを聞いてくれなくっちゃねぇ」
「ああ、困った困った」
「おばあちゃんとかお母さんに説得して貰う訳にはいかないの」
「もちろん頼んだわよ。とてもとても、余計に意地っ張りになって」
「難攻不落の城攻めって感じだなあ。完全にお手上げ?」
「……」
「……なんとか説得出来ないかなあ」
「お願い!何とかいい知恵出して。お願い!」
「…………」
「…………」
「…………ちょっと待てよ。……おっ、そう言えば」
「ん、なになに」
「うん、いま思い出したんだけど、俺の祖父の知り合いに凄い人がいるんだよ」
「何が凄いの?」
「うん、祖父から聞いた話なんだけど」
「ええ」
「君のおじいさんが65歳だとしたら、その人は多分10歳くらい上だと思うけど」
「ええ」
「そうだよ、今はっきりと思い出した。君のおじいさん、きっと大丈夫だよ」
「えっ、ほんと?……ほんとに?嬉しい!」
「おっと、まだ飛びつくのは早いよ」
「だって、……で、その人の何が凄いの?」
「何が凄いのって、その人、メタボで糖尿病で脂質異常症で腎機能低下だったのさ」
「まあ」
「しかも、君のおじいちゃんと同じで、徹底した病院嫌いで」
「ええ」
「お人好しなんだけど、超真面目で、曲がったことが嫌いな、典型的な昔気質の人」
「タバコもお酒もやらない?」
「いや、ヘビースモーカーだったんだけど、大分前に大病を患って入院した時に」
「うん」
「医者にくどくど説得されてタバコはやめたけど、酒は元々下戸だったみたい」
「そう。でもヘビーだった人が、よくタバコをやめられたわね。偉いじゃない?」
「余程医者にいろいろ言われたんだろうな。渋々って感じじゃない?そんな人が」
「ええ」
「口癖のように『自分の身体は自分が一番良く知ってる。余計な口出すな』って」
「アハ、良く言うわね。祖父にそっくりね。年寄って皆そうなのかなあ」
「皆が皆そうとは思えないけど、ま、性格なんじゃないの?」
「人にとやかく言われたくないとか」
「変に粋がって、やたらと自慢するとか」
「でも、病院嫌いの人が、なぜ検査する気になったのかしら。そこが知りたい」
「そこなんだよ。どうしてその気になったのか、少し考えてみない?」
「何かきっかけみたいなものがあったのよ、きっと」
「どんな?」
「体調の異変に自分で気がついて、周りの人に気づかれないように病院に行った」
「ほかには?」
「市役所などの行政から連絡が来て、その気になった」
「全然違う。健康には相当自信があったようだから」
「でも、さっき大病を患って入院したんでしょ?健康に自信だなんて」
「いや、退院してから後は、至って健康だったみたいだよ」
「そうなんだ、じゃ何かしらね。どうして検査を受ける気になったのかしらね」
「さっき、その人が俺の祖父の知り合いだということは話したよな?」
「ええ、聞いたわ。あなたのおじいちゃん素敵よね。優しそうだし」
「おっと、話がカーブした。あは、ありがとう、言っとくよ」
「で、あなたのおじいちゃん、その人とどういう関係なの?」
ITの世界を日常に取り入れてみませんか?
「将棋仲間」
「あ、そういう関係ね。それで?」
「うん、俺の祖父は、行政からの連絡で毎年検査を受けていたんだよ」
「おじいちゃんて何歳なの?」
「あれ?確か70歳だと思うけどなあ」
「私の祖父より5歳くらい上ってことね。毎年検査に行くなんて偉いわね!」
「あは、偉くも何ともないよ『健康は気にし過ぎることが一番』という人だから」
「なるほど、で?」
「祖父は将棋仲間のその人を、何気なく『一緒に行きませんか』と誘ってみたのさ」
「その人の健康に、何か気になる事でも感じてらしたのかしら、おじいちゃん」
「そうじゃないみたいだよ。ただ少し太り気味だし、折角の行政からの勧めだから」
「どうせなら、二人一緒の方が将棋しながらの話題にもなるし、何となく良いかと」
「そうそう、その程度の考えしかなかったと思う」
「で、結果的に仲間のいう事に素直に耳を傾けて、その気になったって訳?」
「いや、そんなに簡単な話にはならないのが、この世代特有の意地の張り合いかも」
「あら、そうなの?じゃ、やっぱり」
「うん、ご想像の通りさ。祖父も一時さじを投げ出しかけたんだけど」
「だけど?」
「うん、暫くしてから、ある一計が浮かんだんだ」
「一計?面白そう。どんな?」
「祖父としては、正直そんなに期待はしていなかったんだけど」
「うんうん、なになに」
「あはは、そんなに急かすなよ。じっくり話してあげるから」
「だって、早く知りたいもの」
「うんうん、だったね。その人のボヤキを利用したのさ」
「ボヤキを利用?どういうこと?」
「その人は若い頃、IT関連の仕事をしてたんだって」
「そう、それで?」
「将棋をやりながら、しきりに現役時代の話を、あーでもないこーでもないと」
「ハハー、昔取った杵柄?」
「そそ、祖父はその杵柄というか、ボヤキを利用しようと考えたのさ」
「へぇ~、ますます面白そう、おじいちゃんやるねぇ~。で、何と言ったの?」
「相手の目を見て『どうですか、またITの世界を日常に取り入れてみませんか』と」
「ま、話だけにしても、我が意を得たりと、その人喜んだでしょうねえ」
「最初は、祖父の言ってる意味が呑み込めなかったみたいだよ」
「それはそうよね、まさかと思うわよね」
「そのうち、目を輝かせて、身を乗り出してきたんだって」
「フフ、将棋どころではない?」
「後の話は省略するけど、結果的に祖父の思う壺になって、その人は」
「病院で検査を受ける気になったって訳ね」
「そうそう、でもね、……あはは、思い出しただけでも可笑しい。あは、笑える」
「えっ、なになに?何が可笑しいの?」
「その人が、しきりに聞いてきたみたいなんだけど、ITの話を」
「それはそうでしょう、気になるわよ。で、おじいちゃんなんて言ったの?」
「病院関連のITと、まことしやかに言ったのさ」
「後は大体察しがつくわ。おじいちゃんやったわね!頭いい!」
「うんうん偉い。今じゃその人、祖父に向かって感謝感激と手を合わせてるとか」
「そっか~、で、検査したら糖尿病で脂質異常症さらに腎機能の低下が判明した」
「そんな症状が、自分の体内に巣食ってるなんて、夢にも思わなかったから」
「びっくり仰天ってとこね」
「本人にしたら、病状のことが気になって、ITなんてどうでもよくなったて話さ」
「ちょっと待って、その話と私の祖父とのこと、どう絡んでくるのよ?」
「おっと、だったね。忘れるとこだった」
「ん、まあ、肝心要のことでしょ?」
「最初に戻るけど、君の悩みを解決する方法は、そのITボヤキの人を、君の」
「おじいちゃんに合わせたらどうかという事?」
「そそ、その人に説得して貰う」
「なるほど、やって見る価値はありそうよね」
「何たって、その人凄いんだから、絶対おじいちゃん乗ってくると思う」
「何が凄いんだか良く分らないけど、あなたが言うんだから間違いなさそうね」
「心からそう思うよ。だから、そうしてみたら?俺の祖父も協力すると思うから」
「あら、あなたのおじいちゃんに会えるの?嬉しい!じゃ、そうする」
「ん?話がちょっと違うような気がするけど、ま、いいか。祖父に話しとくから」
「ありがとう。どうなるか分らないけど、少し安心したわ」
「良かった、良かった」
75歳からの健康管理(私と健康とエクセル)
「ところで、君のおじいさんは、パソコンとかスマホはどうなの?」
「スマホは全然興味ないみたいだけど、パソコンは仕事で使ってたみたいで得意」
「お、それなら話が早い」
「でも、ITっていう程の経験はないみたいよ。せいぜいワード・エクセル程度よ」
「それで十分だよ。俺はここで、君のおじいさんの行動が見えてきたよ」
「それはいいことなの?」
「うん、勿論さ。それに、もしかしたら君のおじいさんの脳が触発されて」
「脳が触発される?」
「そして、一万ボルトの閃光が走る」
「まあ!それだと感電死してしまわない?」
「ライバル意識みたいなのがメラメラと燃える。負けてなるものかとね。そこが」
「同世代でもないけど、脳に訴える強烈な仕掛で、狙い目ってこと?」
「そう、そして、君の悩みが、綺麗にどこかに消えてしまう」
「えっ、ほんとに?だったらいいけど」
「それを確信する為に、君に提案があるんだけど」
「ん?提案?何?」
「インターネットには繋がってる?」
「もちろん、祖父は毎日のようにウェブサイトを見てるわよ」
「皆で押しかけて君のおじいちゃんに話する前に、予備知識を得ておいた方が」
「えっ、予備知識?」
「うん、そうだよ。見ておいた方がいいウェブサイトがあるけどなあ、見る?」
「今までの話に関係あるの?」
「大あり。と言うより、むしろメインテーマと言ってもいいかな。例のIT関連の」
「ボヤキ老人の?……サイト?」
「そう、そのサイトに掲載されているデータの推移を知ると、納得できると思うよ」
「へー、俄然興味が湧いてきたわ」
「これぞ究極のIT関連ブルースだな。それともボヤキ老人ブルースかな?」
「出た、得意のフレーズね。何でもブルースにしてしまうんだから」
「きっと大ヒットするよ。おじいさんにも見るように勧めることだね」
「なによ、一人で悦に入ってないで、そのサイトのアドレス教えてよ」
「ココだよ。75歳からの健康管理(私と健康とエクセル)」
「まあ、ずばりそのものね」
「ボヤキ老人の一年間の赤裸々な記録。俺がくどくど下手な説明するよりも」
「百聞は一見にしかず?」
「そういうことだね。とにかく見てみて」
「はい、後でじっくり見ておくね。今日はどうもありがとう。何だかすっきりした」
「すっきりしたついでにお茶しない?」
「あら、いいわね。嬉しい!」
「よし、決まった!」
「最後に一つ聞いてもいい?」
「うん、何?」
「おじいさんに似てると言われない?」
「うん、良く言われるよ。それがどうかしたの?」
「いえいえ、何でもないの。そう言われて嬉しい?」
「悪い気はしないね。俺も祖父が大好きだからね。……??……ん?どうした?」
「いえいえ、何でもないの。そう言われて私も嬉しい」
「ん?」
「……アア、ステキ、ステキ。……フフ」