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喜びの涙


この話は私の長い経験上でもなかった出来事でした。こんな話です。

私は、お客様からある家族を紹介されました。お客様は2年ほど前に家を建てられた方です。

「紹介したい家族は、私(お客様)の友人で、家を建てたいがお金が無い。でも、今にも壊れそうな家だから、どうしても今建て替えたい」
と、まあこんな内容のお話を事前にお聞きしていました。
私は取り敢えずお会いして、いろいろお話を伺ってみましょう。と言ってありました。

ある日の午後、お客様と一緒に、そのご家族に会いにいくことになりました。
娘さん二人と、そのお母さんの3人家族でした。娘さんと言っても50歳前後と思われました。ですから、お母さんは多分80歳は超えておられるだろうと推察しました。

薄暗い座敷に通されて名刺を差し上げ、よろしくお願いします。と言い終わらないうちに娘さんの一人が、
「友達の家は凄くいいですね。素敵な家で羨ましい!」
と、こちらを向いて話しかけてきました。
多分、隣にその友達が座っている訳ですから、まさか悪口を言う訳にはいかったのでしょう。すぐ隣にいたその友達(お客様)は、満更でもなさそうな顔で、
「この社長のお陰ね。ほんとに良くして頂いてほんとにありがとうございました」
と、改めてお礼を言われ私も嬉しく思いました。
「こちらこそ、その節はいろいろお世話になりました」
と、感謝の気持ちを申し上げました。
「それに引き換え、うちなんか土地は狭いし、お金はないし、ほんとに家が建つのかしら?」
と、今度は別の娘さんが心配そうな顔で話してきました。
「ま、この社長さんに頼めば、何とかなるわよ。じっくり相談したら?」
私は、そう言われても、果たして相談に乗れる話なのかどうかと思いながら、
「取り敢えず形になるかどうか分りませんが、夢を語ってみてください」

それから、何回かの打合せをしましたが、希望と予算が全く合わない状態がしばらく続き、一時は建築を諦めようという事態までなりましたが、何とか、妥協点を見出すべく努力しましょうということを、再三にわたり申し上げ、やっとの思いでなんとか形が出来ました。

予算的には極めて厳しい状況で、殆ど原価に近い形で契約をさせていただきました。やはり、紹介者の顔を潰す訳にもいきませんし、この家族の将来のことを思うと、ここは無理してでも家を建てておかなきゃ、と言う思いが段々強くなってきたのも事実です。

それよりも何よりも、二人の娘さんのお母さんに対する思いの強さです。何が何でも、お母さんを新しい家に住んでもらい、余生をのんびり暮らして欲しいという、強い強い思いがあったようです。
私は、この強い二人の思いに負けてしまったようです。

こうして無事、古い家が壊され地鎮祭も滞りなく終わりました。
基礎工事が始まって、鉄筋を組み立てる作業の時、お客様(姉妹二人)が現場にこられました。現場を見るなり、お客様の驚きようは普通じゃありませんでした。
「まあ、凄い、凄い基礎ね。こんなになるとは思いませんでした。」
あらかじめ契約の時に図面で細かく説明してあったにも拘わらず、お客様はびっくりされたみたいでした。

こうして上棟式も終わり工事が無事完成しました。
引渡し前に、お客様も一緒になって、建物の隅々まで入念にチェックし、ダメ工事や手直し工事が無いかを点検します。

引渡しの日のことです。
真新しい座敷の畳に座り、設備品の取り説扱いの説明や、建物の維持管理の注意点など、一通りの引渡しについての説明を完了しました。

家族は真新しい家のあちこちを見ながら、喜びにあふれている様子でした。私も雑談を交わしながら一緒になって、建物のあちこちを見て回りました。
その時、インターホンのチャイムが鳴り、TVモニターに知った顔が写ったとき、姉妹二人の喜びは最高潮に達しました。モニターに写った顔は、私を紹介してくれた、かのお客様だったのです。事前に今日のことは連絡してあったらしい。
私は久しぶりに見るお客様に向かって、
「おやおや、これは珍しい。お久しぶりです」
お客様は私の肩をぽんと叩いて、
「ごくろうさん!いい家になったね! ありがとう!」
私は笑顔で答えました。
「お陰さまで無事完成しました。じっくり見て感想など聞かせてください」

そして、暫らくして、またチャイムが鳴りました。姉妹の、お姉さんのほうが、ニコニコしながら財布片手に玄関に小走りに向かいました。
「毎度ありがとうございます。遅くなりました」
寿司屋の威勢のいい声が中に響き渡り、いっそう賑やかな雰囲気になってきました。
「さあさあ今日はこれからささやかなパーティーにしましょう」
寿司とお茶や菓子などが、座敷の真ん中に置かれ、車座になってパーティーが始まりました。

ひとしきり談笑した後、例の私を紹介してくれたお客様から、こんな話が飛び出しました。
「今日は社長にお姉さまからお話があるそうですよ。 ね、お姉さまっ!」
「エッ、私にですか?怖いですねえ。どんな話ですか?」
私は突然のことで、どういう話があるのか見当がつきかねていました。
「あはは、怖い話かもよ。覚悟しておいたほうがいいかも」
お客様は面白そうに笑いながら話した。
「さ、どうぞ、お姉さま!」
その時、お姉さんのほうは妹さんと目配せした後私のほうに振り向き、
「社長さん!今日はどうしてもお話したいことがあります」
「ええ。でも何でしょうか。そんなに改まって話されますと……」

お姉さんは間をおいて、おもむろに語り始めました。
「私達は家を建てようと思った時に、不安に思っていたことがあります。女だけの所帯で、しかも3人とも歳を取っていますから、他人様を信用出来ないんです。事実、社長様にはお話してなかったのですが……」
お姉さんは申し訳ないように話を続けました。
「実は社長様にお願いする前に3社ほどお話させてもらいました」
私は初めて聞く話でした。ああ、そうだったんだという私の顔を見て、
「ごめんなさい。内緒にしてて」
と、お姉さんは深々と頭を下げました。
私は、こういう話は過去にも無いことはなかった話しですから、さほど気にはならなかったのですが、家族にしてみたら、私に申し訳ないことをしてしまったかのような話しぶりでした。
「そうでしたか。でも気になさることはちっともありませんよ。もう済んだことですし」
私は思っているままを話しました。
「そう言ってくださると、とてもほっとします。3社と打合せさせていただいて、やっぱり人間的に信用できそうもない人ばかりで……。思いあぐねて、この友達に相談してみたんです」
なるほど、そうだったんだ。
「そしたら、良い人がいるから紹介する。と言われて、連れて来られたのが社長さんだったという訳です」
「そうでしたか。私としては実に光栄な話です」
「でも正直、最初のうちは、社長様も他の会社の人と同じじゃないかなと思っていました。女所帯の悲しい性ですね。他人に対して疑い深いのです。だんだん打合せが進み、あ、この人は少し違うなと思い始めました。妹や母とも良くその話をしました。妹も母も同じ考えだったようです」
そっかあ。そうだったんだ。そんな気持ちで私と接した時期があったんだ。私は、そんな事とは知らず、ただひたすら一生懸命に前に突き進むことしか考えていませんでしたから、家族の私に対するそんな気持ちが分かろう筈がありません。

「私はこの年になって、生まれて初めて、ほんとの人の温かさに接したような気がします」
「予算も無い小さな家に、こんなにまで一生懸命にしてくださる社長さんの姿に心を打たれました」
「こんなに立派な家になり、なんとお礼を言っていいのか……。こんなに感動したの初めて……。ありがと…………」
ここまで話して、お姉さんが突然泣き出してしまいました。

考えてみると、家のことで一番苦労し、精神的な悩みを持っていたのは、事実上の家長であるお姉さんだったかもしれません。女所帯が生きていく不安は、私たちが考える以上のものがあるんだなあと、私は私で、初めて知る出来事でした。

実は、この現場の収支決算は「赤」でした。最初からかつかつな線でしたから、もしかしたらと思っていましたが、悪い予感が的中です。でも、このお姉さんの話を聞いて私は、とても大きな財産を頂いたような気がしました。
これで良かったんだ。
うん!
ご家族のみなさんありがとう!紹介してくださったお客様ありがとう!