ある興味深い話です。
建築中の現場の隣に20区画程度の団地があり分譲中でした。団地周辺には案内のノボリが立ち並び、現場案内も頻繁に行われているようでした。
実はその団地は元々は大きな池のあった場所だったのです。その池を埋め立てて造成し、住宅用地として開発されたものでした。
綺麗に造成されたその団地を見て、周辺に住んでいる人以外の人は、まさかそこが池だったなんてことは多分知る由はありません。
もちろん、開発業者としては専門家として、池の跡地という特殊な条件を検討し、家を建てても大丈夫なように十分な対策は施しているとは思いますが……。
埋め立ててから、さほど時間(期間)がたっていない事が、とても気になっていました。
ある日現場に一人のご婦人が尋ねてきました。
「隣の分譲地を購入して、家を建てようと思っているのですが、参考のために現場を見させてもらえませんか?」
と言われて、私は即座に、
「どうぞ、どうぞ。気をつけてご覧下さい」
良くある事ですので気軽に返事しました。
しばらく付き添っていろいろ説明したりして、そのご婦人が、
「ありがとうございました。綺麗な現場ですね、とても参考になりました」
と深々と頭を下げて帰ろうとしました。
私は、
「いえいえ、またいつでもお越し下さい」
と言いながら、ご婦人の背中越しに、気になっていることを話しかけました。
「奥さん!ちょっとごめんなさい」
その言葉に、ご婦人は振り向き、
「はい。何でしょう」
私は、
「はい。隣の分譲地をご購入のことのようですが、良く調べてからのほうが良いと思います」
と言いますと、ご婦人は怪訝そうな顔をして、
「えっ、どうしてですか?」
私は、ご婦人の顔をじっと見て、
「もう、手付金はお支払いされたのですか?」
「はい。本契約はまだですが手付金は支払いました」
「そうですか。……人様の分譲地ですし、……営業妨害になるかもしれませんので、これ以上は申し上げられませんが……」
私は、ふと、こんな話をして良かったのかどうかという思いが頭をよぎり、躊躇して言葉を打ち切りました。
ご婦人はますます怪訝な顔になり、
「隣の分譲地の件で何かご存知のようですね」
と真剣な顔でじっと私の顔を見て言われました。
私は、
「いえいえ、専門の者として、少しばかり気になる事があるだけです。ですから本契約の前に、もっと良く調べてから判断されたほうが良いと思いまして……。これ以上は申し上げられません」
その後、しばらくしてそのご婦人から連絡がありました。家を建てる時は、設計をさせてくださいと、あらかじめ名刺をお渡ししていました。
ご婦人いわく、
「先日はありがとうございました。あの土地の契約はキャンセルしました。お陰で助かりました。ほんとにありがとうございました」
たまたま現場を見たいというご婦人でしたが、こんなこともあるんですね。
その分譲地は、あまり売れ行きが良くなかったと聞いています。それでも半分くらいはもう既に家が建っているとか……。将来何事もなければ良いと祈るばかりです。