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◇ おいおい!どうした大棟梁!


多分多くの方が一度や二度はあることだと思うのですが、人は、その日の感情で、いつもと違う行動をとる場合が多々あります。
職人さんと言えどもその例外ではありません。

朝7時半頃、私が現場に到着した時は、既に大工の棟梁は仕事の準備をしている最中でした。
「大棟梁 おはよう!今日も良い天気だね。頑張っていこう!」

現場は大工さんなしでは進みません。とても大事な技術者であり技能者でもあります。ですから、私は大工さんには尊敬の念と、ありがたい存在としていつも感謝の気持ちで接しています。そんな気持ちもあって、私は大工の棟梁のことを大棟梁と呼ぶようにしています。

この朝もいつものように朝の挨拶をしましたが、大棟梁の様子がいつもと違います。
「おはようございます……」
小さな声で何か気難しそうな表情が顔に出ていました。
間もなくもう一人の手伝いの大工が到着し、その場はそれで気に留めずに仕事に掛りました。

この日は、構造用の緊結金物を取り付ける、とても大事な仕事をしなければならない日でしたので、その旨を二人の大工に指示して、私は一旦現場を離れました。

11時ごろ再び現場に行き大棟梁に、
「お疲れさん」
と声をかけましたが、
「…………」
いつもの歯切れの良い返事をしてくれません。大棟梁は何か不愉快そのものの顔でした。

元々寡黙な大棟梁でもあり、人間たまには機嫌の悪い時もある訳ですので、その時も余り気に留めずにいたのですが、金物の取り付け状態をチェックして、おかしいことに気づきました。
金物に打つ釘の本数が足りなかったり、取り付けるべきところにちゃんと取り付いていなかったり、明らかにまずい仕事でした。
これまで一度もこんな仕事をしたことのない大棟梁でしたから、首をかしげながら、後でまとめて指示しようと思い、そのままチェックを続けていきました。

緊結金物は建物の内外、1階2階を合せますと相当数にのぼりますので結構時間が掛ります。

そして、昼になりました。
ふと気が付くと大棟梁の姿が現場から消えていました。いつもの軽トラもありません。別の大工にどうしたの?と聞いても首を横に振って知らないと言う。
すると間もなく軽トラの音がして、車から降りた大棟梁の手に、多分近くのコンビニで買ってきたと思われるビニール袋がぶら下がっているのを見て、私は、この時はじめて大棟梁の不機嫌の原因が分りました。

大棟梁は私の顔を見て、苦笑いしながら、そのビニール袋を片手で高々と持ち上げて、そして、いつもの優しい人懐っこい顔になっていました。

朝早くから夫婦喧嘩をし、愛妻弁当も受け取らずに家を飛び出して来たらしい。

実はこんなことはよくある話です。
現場が如何に人の感情で動いているのかが良く分かる一場面ですね。