出演者 ⇒ 小百合 ◇ 隆一 ◇ ナレーター(女) ◇ ナレーター(男)
思えば自分ながら大胆な行動である。
母親に黙って家を出てしまった。妹の由紀子にそっと告げただけで、家を飛び出してしまった。掛かってきた電話で、東京の友達の所に居ると、母親に初めての嘘をついた。海外に出張中の父親は、そんなことを今は知る由もないが、いずれ、ばれる時が来る。その時の覚悟は出来ていた。
もう後戻りは出来ない。後戻りする気はない。隆一に全てを任せる決心はついている。あとは自分がしっかりしさえすればいいんだと、強く思っていた。
隆一のシャワーを浴びる音が聞こえる。
小百合は急ぎ部屋を暗くし、浴衣に着替えた。隆一に着替えのところを見られたくなかった。
さっきまでのワインの酔いは、すっかり醒めていたが、徐々に迫ってくる出来事を想像して、緊張と共に、小百合は、自分の身体が熱くほてってくるのを覚えた。
小百合は窓のカーテンを静かに閉めた。
-少しの間-
隆 一 > 「お待たせ!」
ナレーター(女)>
暫らくして隆一が浴衣姿でバスルームから出てきた。薄暗くなった部屋の明かりに照らされた、小百合の浴衣姿を見て、隆一は、この世のものとは思えない、夢の世界にいるかのような錯覚を覚えた。
小百合は、恥ずかしそうに顔を赤らめ、バスルームのドアをあけ中に入った。着ていた浴衣を脱ぎ、棚の上に置いた。
ややピンク色した、真珠のような白い肌が、鏡に写し出された。これまで誰にも触れさせたことのないこの身体を、恋人に捧げる喜びと、果たして恋人がこの身体をどう思ってくれるだろうかという、不安がよぎり、複雑な気持ちになった。
勢い良くあふれる出るシャワーの湯が、小百合の過去の全てを洗い流すかのように、輝きながら流れ落ちた。甘いボディーソープの香りがあたりに充満していた。
顔を天井に向け泡に包まれた身体に、シャワーを掛けながら、小百合は泣けてきた。少し身体を震わせ、今日は良く泣く日だと思いながらも、押さえられなくて、止めど無く溢れる自分の喜びの涙が、シャワーと一緒に、ただ流れるに任せていた。
一方、隆一はベッドの上で両手を頭の下に組み仰向けになっていた。
いろいろな思いが頭をよぎった。BGMの静かなジャズの音が、隆一には心地よかった。
バスルームのドアが、静かに開く音がした。隆一は身体を起こそうとした。
小百合> 「お願い…… ちょっと…… 待って!」
(小百合は恥ずかしさの余り、どうして良いのか思いあぐねていた)
(暫らくして意を決した)
小百合> 「もう…… いいわよ……」
ナレーター(男)>
隆一は、ベッドから降りて小百合を見た。小百合の湯上りの姿が、まるで天女のように思えた。これまで見てきた、ありとあらゆる美を、はるかに超える美しさである。
隆 一 > 「さゆり!綺麗だよ…… とっても綺麗だよ……」
(隆一は小百合に近づきながら言った)
小百合> 「嬉しいわ! 天にも上る心地よ」
ナレーター(男)>
小百合の甘い香りが隆一を刺激した。隆一は冷蔵庫から缶ビールを取り出した。冷えた二つのコップにビールを注ぎ、そして一つを小百合に渡した
隆 一 > 「湯上りは特に美味しいからね」
(小百合は隆一の心遣いが嬉しかった)
(正直言って飲まないではいられない心境であった)
(一気に飲み干し 腕を差し出し)
小百合> 「もう一杯ちょうだいっ!」
隆 一 > 「おいおい大丈夫?」
(隆一は、笑いながら小百合のコップにビールを注いだ)
小百合> 「うーん、おいしい!」
(小百合はいかにも美味しそうに飲んだ)
隆 一 > 「少し踊ろうか」
小百合> 「…………」
ナレーター(男)>
ジャズの音が二人を包み込むように奏でていた。隆一は小百合の肩に手を置き、額にキスした。そして震える小百合をそっと抱きしめた。右手を小百合の背中に廻し左手を肩においた。
隆 一 > 「愛してるよ! さゆり」
(小百合は、照れながら嬉しそうに微笑んだ)
(胸の鼓動が激しくなり、押さえられない興奮が身体中を駆け巡った)
(そして両手を隆一の腰に廻した)
小百合> 「愛してるわ! 隆一さん……」
ナレーター(女)>
二人はジャズの音に合わせて身体を揺らせながら隆一は小百合を見詰め、小百合も隆一の眼をじっと見詰めていた。もう言葉は要らなかった。どちらともなく顔を近づけ唇を軽く重ねた。
小百合の全身に稲妻が走った。
隆 一 > 「もう一人じゃないからね、これからはいつも一緒だよ!」
(隆一は小百合を抱いて耳元でささやいた)
小百合> 「嬉しいわ! 隆一さん、さゆりはもう泣かないから」
隆 一 > 「うん」
小百合> 「私の傍にいつも居て下さるのね?」
隆 一 > 「うん、どんな事があっても、さゆりを離さないから!」
(隆一は、小百合にささやいた)
隆 一 > 「さゆり…… 綺麗だよ…… 愛してる!」
(小百合は、その言葉を待っていたかのように、隆一に激しく抱きついた)
小百合> 「ねえ…… 抱いて…… もっと強く抱いて……」
ナレーター(男)>
二人にとって記念すべき土曜日の夜は穏やかにそして静かにその幕を閉じた