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[6-13-1]悲しみの涙


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ステップ【6】留意事項(知って得する現場チェックの知識)

[6-13-1]悲しみの涙

最近のことですが、こんなことがありました。
尚、話の内容をよりご理解し易いように、会話調を中心に記述してあります。ですから、どうしても話が長くなってしまいます。ご了解の程を。

ある日こんな電話が飛び込んできました。
「お宅は建築相談を受けておられるようですが……」
声から判断して若い人ではないような気がしました。
「はい。特にインターネットでの相談が多いのですが……」
すると、
「ネットでないとダメなんですか?」
「いえ、もちろんそんなことありませんよ。どうかなさったのですか?」
と、私は返答しました。こんなことはよくある話ですので、あまり気にも留めずに相手の次の言葉を待っていました。
「あのー、私の相談にものっていただけるのでしょうか?」
何か声の感じからさしせまった悩みがあるようでした。
「もちろん結構ですよ。どういうご相談ですか?」
「電話じゃなんですから、直接お伺いしてもいいでしょうか?」
電話の相手は、地元の人だったようです。電話を受けたときは、何かとバタバタして忙しい時でしたので、翌日の午後に会う約束をしました。

以下はその話の内容です。

ご婦人は50歳前後と思われ、しぐさや話しぶりから割と上品な方のようでした。
私は名刺を差し上げ、応接間のソファーに座っていただきました。
初対面の挨拶もそこそこに、
「どうなさいました?どんなご相談でしょう」
そのご婦人はその言葉を待ってたかのように話し始めました。私と、ご婦人との会話は以下の通りです。

ご婦人:「実は、いま家を建築中で、もう完成間際なのですが、ちょっとおかしいなと思うことがありまして」
わたし:「おかしいとは、どういうことですか?」
ご婦人:「はい。私は素人で、はっきりしたことは分からないのですが」
わたし:「……」
ご婦人:「私がイメージした家と違うんです」
私は、またこの手の話かと思いました。こういう話、つまりイメージの違いの話は結構多いのです。
わたし:「奥様のイメージとどう違うのですか?」
ご婦人:「はい。実は基礎工事の時から何だかおかしいなと思ってたんですが……」
ははぁ~、ご婦人の言うイメージの違いと私の考えていることと、思い違いがあったようです。
わたし:「基礎工事がどうかしたんですか?」
ご婦人:「はい。そこは元々畑だったのですが、土地が硬いかどうかも調べずに、いきなり基礎工事したのです」
わたし:「はい」
ご婦人:「しかも、はっきりは分かりませんが、手抜きされてるような気がしてならないのです」
ご婦人の基礎に関するお話を要約しますと、次のようなことでした。

  1. 畑地の跡で地盤調査をしなかった。
  2. 基礎工事が完了した後内部にしばらく土が見えていた。
  3. しばらくしてから、その土の部分に薄いコンクリートが打たれた。
  4. そのコンクリートには鉄筋らしきものは入れてなかったような気がする。
  5. 基礎の鉄筋の量が素人目でも少なく感じた。
  6. アンカーボルトの本数が少ないのではないかと感じた。
  7. 出隅のホールダウン金物が無かったような気がする。
  8. 基礎の板(多分型枠のこと)が取り外された時あちこちに穴(ジャンカ)が見えた。
  9. 基礎の上にセメント(多分モルタルのこと)を塗っていたが砂の多いセメントだった。

これだけ気になることをチェックするには、殆ど毎日のように現場に行かなければチェックできません。ご婦人の並々ならぬ気持ちが伝わってきました。

わたし:「で、基礎の図面はあるんですか?」
ご婦人:「えっ!基礎の図面って、そんなのあるんですか?」
私は、笑って答えました。
わたし:「私の場合は、ちゃんとしたのを作りますよ。ところで契約書はありますか?」
ご婦人:「はい。あります。今日は持ってきていませんけど……」
わたし:「分かりました。ほかにどんなことがありますか?」
私は、このご婦人の建築中の家の施工程度が、何となく頭の中に浮かんできました。
ご婦人:「棟上のときですけど……」
わたし:「……」
ご婦人:「親類や知人を大勢呼んで来てもらったのですが、その中に最近家を新築した人がいて……」
わたし:「……」
ご婦人:「その人が何気なく言った言葉が、その時からずーっと頭にあって気になってるんです」
わたし:「その言葉って、どんな内容でした?」
ご婦人:「はい。材料の寸法が小さいとか、横木が柱の頭の真ん中で継がれているとか、金物の数が少ないとか……、隅柱に長い鉄の棒が無いとか、いろいろ言われていました」
わたし:「そうですか。で、それからどうされました?誰か専門の人に相談したり現場を見てもらったりは? しました?」
ご婦人:「いえ、それはしていません。何となく気になりながらも工事はどんどん進んでいくし……」
わたし:「奥様の思ってることを施工会社にぶつけてみましたか?」
ご婦人:「ええ、一度だけ、それこそ基礎のことが心配でしたから、いろいろ質問したのですが……」
わたし:「どんな答えが返ってきましたか?」
ご婦人:「それが……」
わたし:「どうしました?どんな答えでしたか?」
ご婦人:「現場監督の人が言うには、当社の施工は何処に出しても恥ずかしくない施工をしています。素人の方には分からないでしょうけど、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」
わたし:「……」
ご婦人:「私はそれ以来何も言うことが出来なくなりました」
その時、奥様は感詰まった感じで下を向いたままでした。私は事情を察して暫らく黙っていました。ご婦人は家づくりについての心配事や悩みを相談するところが無く、ずるずる今日まで時間がたってしまった旨の話をされました。東京にいる息子さんにその話をしたら、息子さんが私の名前を持ち出して、ここに相談したらどうだということで、電話した次第ですということでした。
わたし:「そうでしたか。わたしとしては、とても光栄なことですが弱りましたねえ……。で、このことは当然ご主人にはお話されたんですよね」
ご婦人:「いえ、主人は3年前に他界しました」
わたし:「そうでしたか。それは失礼なことを申しました」
ご婦人:「……」
ご婦人は、今にも泣き出しそうな顔をして私の顔をじっと見て言いました。
ご婦人:「実はもっとあるんです。これはどうしても納得いかなくて……」
わたし:「はい」
ご婦人:「もうすぐ建物の引渡しですが、この前家具を何処に置こうかと思い友人と現場に行きました」
わたし:「はい」
ご婦人:「そしたら、リビングの床を歩くたびに床がギイーギイーっと鳴るんです」
これもよくある話です。
ご婦人:「それに、この前貼ったばかりの壁紙が隅のところで変にねじれているんです」
ははー、これは重症だなと私は思いました。
ご婦人:「そこで、現場監督に来てもらい、そのことを伝えて何とかしてもらうように言いました」
わたし:「監督はどう言いました?」
ご婦人:「はい。次のように言われました」
「奥さん!床が鳴るのは木の収縮によるものですから、そんなに気になさらなくてもいいですよ。暫らくしたら鳴らなくなりますから大丈夫です。それと、壁紙のねじれはすぐに補修しますからご心配なく」
私はご婦人にさりげなく言いました。
わたし:「で、奥様のどうしても納得がいかないのは何ですか?」
ご婦人:「はい。監督さんはそのように言いいましたけど……。私はその原因はもっと別なところにあるような気がしてなりません」
この奥さんは相当勉強しているなと内心嬉しくなりました。
わたし:「別なところとおっしゃいますと?」
ご婦人:「はい、床鳴りや壁紙のねじれは、もしかしたら建物の構造上の問題が起因しているように思うんです」
わたし:「どうして構造上の問題だと思われるんですか?」
ご婦人:「なんとなくそう思うんです。あくまで何となくですけど……」
奥様との話の途中から、多分この現場は、こういう現場だろうという想像をしていました。当たらずとも遠からず。事の重大さは、ご婦人の次のしぐさで決定的になりました。
目に一杯涙をためて、抑え切れない感情をハンカチで精一杯振り払っているようでした。このご婦人の考えや思いには、間違った思い込みもあるかもしれませんので、必ずしも100%正しいとは思えません。いずれにしても、調査しないと何とも言えないことですが、結論から言いますと、このご婦人の鋭い指摘は残念ながら正解でした。
私は、つとめて冷静さを保ちながら、
わたし:「奥様お話は良くわかりました。で、ご相談とは何ですか?」
と言いました。
奥さまは、濡れたハンカチをひざに置いて、
ご婦人:「はい。一度現場を見ていただくわけに行かないでしょうか?当然、素人の私の考えですから、間違った考え方をしているかも分かりません。専門家として、中立な立場で現場をチェックしていただきたいのです」
わたし:「建物の引渡しはいつの予定ですか?」
ご婦人:「はい。今から10日後になります」
わたし:「そうですか。で、私がチェックした結果をどうなさるつもりですか?」
ご婦人:「はい。専門家のチェックした結果として、請負った工務店と交渉したいと思っています」
わたし:「完成間際ですから、骨組みなどの内部のチェックが難しい場合もあります。もう少し早くに相談して欲しかったですね」
ご婦人:「今思いますと確かにそうですね。遅きに失した感がありますね」
わたし:「分りました。奥さん!とりあえず完成時に支払う工事金は保留しておいて下さい」
ご婦人:「はい。分かりました」
わたし:「ところで奥さん!一つだけ質問していいですか?」
ご婦人:「はい。何でしょう」
わたし:「工事をしてもらう請負業者は、どのような方法で決定されたのですか?」
ご婦人は、少々困ったような顔でこう答えました。
ご婦人:「はい。実は知り合いの知り合いなのです。知り合いに頼まれたら断れなくて仕方なく……」
わたし:「そうだったんですか。良く分りました。これは無料という訳には行かないのですが、よろしいでしょうか?」
ご婦人:「はい。承知いたしております。よろしくお願いいたします」
わたし:「一応調査する前に、次のような書類がありましたら用意しておいて下さい」
私は、ご婦人に次の書類等を準備して置くようにお願いしました。
設計図書一式・確認申請書・契約書・見積書・工事金振込票

やれやれ、本当のことを言いますと、こんなことを引き受けるのは嫌なのですね。
少なくとも同業者の現場を調査して、その調査結果を元に事を解決していこうという訳ですからね。でも、いつまでたっても良からぬ現場がはびこってる以上は、誰かが何とかして警鐘を鳴らし続けない限り、なかなか解決しない問題なような気がします。
似たような話があります。⇒ 欠陥住宅から学ぶ(ある事例より)

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